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【完結】家族に愛されなかった怪物令嬢は、かわいい義息のために最強の継母になります  作者: 当麻リコ
三章 怪物令嬢で師匠で人間で

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29/41

29.本当の母親

「何も言わずにいなくなって本当にごめんなさい。でも、あの時はどうしようもなかったの」


応接間に場所を移して、セレスティアが涙ながらに当時の経緯を語り始めた。

彼女はリアムを自分の隣に座らせて、肩を抱き寄せている。


リアムはずっと、どうしていいのか分からないという顔でセレスティアを見上げていた。


席を外した方がいいのではと申し出た私に、アレクシスは「隣にいてくれ」と引き留めた。

部外者のような居心地の悪さを感じながら、それでも同席を許されたことにホッとする。


「あの男……アレクの従者だった男に脅されて無理やり連れ出されたの。逆らえばリアムに危害を加えると。リアムを守るためには従うしかなかった」


ハンカチを目元に当てて、彼女は切々と訴える。


「……それで?」


涙で声を詰まらせたセレスティアに、アレクシスが続きを促す。


フィオナの時のように辛そうに顔を歪めてはいない。脂汗も滲んではいない。

そうやってアレクシスの顔色を見てセレスティアの言葉を測る自分が浅ましく思えて嫌だった。

だけどどうしても止められない。


テーブルを挟んだ向かいで、アレクシスはじっとセレスティアを見据えている。

その表情は硬く、何を考えているのか私にはまるで読めなかった。


「わたくしが愛しているのはアレクだけ、こんなことをしても無駄よと訴えたわ。そのたびに何度も殴られた。いつしか恐ろしくて逆らえなくなってしまったの」


セレスティアの目から大粒の涙が零れ落ちる。

それを見てリアムが痛ましげに眉根を寄せた。


「追手に捕まらないようあちこち連れ回されたわ。狭くて汚い小屋で、手を拘束されて……」


ふるりと細い肩が震える。


「では駆け落ちではなかった、と?」


「当然よ! ずっと帰りたかった! あなたとリアムのいるこの屋敷に!」


涙で濡れた顔すら美しい。

見る者の胸に訴えかけるようなその表情に、アレクシスは何を思っているのだろう。


「ずっと従順なフリで隙をうかがっていたわ。ようやく……ようやく逃げることができたの」


そう言って慈しむような目をリアムに向けて、優しく頭を撫でる。


「母様……」


隣で聞いていたリアムの目に、じわりと涙が盛り上がった。


無理もない。

この子はずっと、母は自分と父を捨てて出て行ったのだと思い込んで傷ついてきたのだ。

使用人たちの噂に耳を塞いで、それでも信じたくなくて。


その母が、本当は自分を守るために泣く泣く連れ去られたのだと聞かされたら。


捨てられたのではなかったのだ。

それが本当なら、この子にとってこれほどの救いはない。


「ボク……ボク、母様は、ボクのこと、いらなくなったんだと思ってた……」


「そんなはずない! リアムはお母様の宝物よ!」


セレスティアの言葉に、ようやくリアムの強張った表情がほどけていく。


「……っ、う……」


とうとう、リアムの目から涙がこぼれた。

小さな手が、おずおずとセレスティアの袖を掴む。


「ああリアム、わたくしのかわいい子……」


感極まったのか、セレスティアがリアムを強く抱きしめ頬を摺り寄せる。


それがきっかけになったのか、リアムが声を上げて泣き始めた。


ずっと追い求めていた母親が帰ってきた。

嬉しくないはずがない。


そう、これはリアムにとって喜ぶべき光景のはずだ。

それなのに私は。


胸の奥がちくりと痛むのを感じて、そっと目を伏せた。


どうして私はこんなにも暗い気持ちになっているのだろう。

最愛の弟子の幸福を喜べないほど嫌な人間だっただろうか。


――ああ違った。私は人間などではなく。


ふと、視線を感じて顔を上げると、アレクシスがこちらを見ていた。

何か言いたげな、それでいて何も言えないような複雑な色を宿した目だった。

けれど彼はすぐに視線を前へ戻し、静かに口を開いた。


「……話は分かった」


平坦な声だ。

まるで無理やり感情を押し殺そうとしているみたいな。


「よかった、それじゃあわたくし、この家に戻れるのね?」


リアムを抱きしめたまま、セレスティアがパッと顔を上げ涙に濡れた目を輝かせる。


「それは無理だ」


「どうして!? わたくしは今でもあなたを愛しているのよ! それにリアムには今すぐ母親が必要だわ」


「もう再婚している。今は彼女が妻だ」


きっぱりとしたその言葉に、喜ぶべきなのにズンと胸が重くなる。

結婚という契約が、彼の言葉を縛っているのではないか。

そんなふうに思えてしまったから。


「そんな! ひどい! わたくしは認めないわ!」


セレスティアが叫んで、初めて私の方を見た。


「ねぇあなた、聞いていたでしょう? わたくしは脅されていただけなの。別れる気なんてなかった! お願いよ、どうかリアムのために身を引いてくださらない? どうせ愛のない政略結婚なのでしょう?」


「いえ、あの、私は……」


責め立てるように言われて口ごもってしまう。


政略結婚でも別れる気はない。

彼らが大事だ。

脅しに屈したのはあなたよ。

私だったら全力で立ち向かった。


そう思うのに言葉が出てこない。

どうして言い返せないのだろう。こんなの、いつもの私じゃない。


だけど怖いのだ。

リアムが、アレクシスが、私ではなく彼女を求めているという事実を思い知るのが。


それに分かっている。

か弱いセレスティアが、私のようにできるわけがないということを。


「あなたさえいなければわたくしは」


「エリシアと離婚する気はない」


強い口調でアレクシスがセレスティアの言葉を遮る。


「何もかも今更だ。あなたの居場所はもうここにはない。戻りたいなら王宮に戻るがいい」


「そんな……ひどいわアレク……」


セレスティアの目に再び涙があふれて零れ落ちていく。


すすり泣くセレスティアに、アレクシスが根負けしたように長いため息をついた。


「――とにかく、今日はもう遅い。リアムを大事に思うなら休ませてやってくれないか」


アレクシスが言うと、セレスティアがハッと顔を上げた。


「ああ、そう、そうねごめんなさい。わたくしったら、リアムに会えたのが嬉しすぎて」


恥じらうように言って、セレスティアがリアムの身体を離す。

リアムの顔は涙と鼻水でいっぱいで、それを見てまた胸が痛んだ。


「でもアレク、王宮に戻るなんて無理よ。お父様がお倒れになったのでしょう? 今わたくしが戻ったら更なる混乱を引き起こしてしまう。下手をしたら殺されてしまうかもしれないわ」


セレスティアはサッと立ち上がって、アレクシスに縋るようにこちら側に移動してきた。


出しゃばるような真似はしたくなかったが、セレスティアが離れた瞬間心細い顔をしたリアムが不憫で、入れ替わるようにリアムの前まで移動してハンカチを取り出す。


「……エリー、ボク」


鼻を啜り上げながら、リアムが何か言おうとするのを、首を振って無言で制す。

自分が大変な時だというのに、私を気遣う必要はない。

あとからあとからあふれる涙を拭ってあげながら、抱きしめたくなる衝動を必死で堪えた。


「お願いよアレク。ここにいさせて。あの男が追いかけてきたらと思うとどうしても怖くて……」


「……分かった。今夜は客室に泊まるといい」


アレクシスの言葉に、ズキッと胸に鈍い痛みが走る。


優しいアレクシスが、命からがら逃げだした元妻を放っておけるわけがない。

そうして私には、それに反対する権利もないのだということを弁えているはずなのに。


「ああ! ありがとうアレク!」


安堵でへたり込むセレスティアに、嫌な顔を見せないようにするのが精一杯だ。


ちらりとアレクシスの表情を窺う。

彼の顔色はもういつも通りだ。


攫われたのも、脅されていたのも、リアムとアレクシスを守るためだったのも、全部本当のこと。


ならば彼女は被害者だ。

戻ってきたセレスティアを、アレクシスが拒絶する理由なんてどこにもない。


アレクシスがハインツを呼び、事情を伝える。

ハインツは一瞬同情するような目を私に向けてきたが、何も言わずセレスティアに恭しく頭を下げた。


部屋へ案内されていく彼女の後ろ姿を、私はただ、見送ることしかできなかった。

隣ではリアムが、夢を見ているような顔で母親の消えていった廊下の先を見つめている。


「……母様、帰ってきたんだ」


ぽつりとリアムが呟いた。

その声には、隠しきれない喜びが滲んでいて。


私は「よかったわね」と微笑みながら、胸を刺すトゲの正体からそっと目を逸らした。


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― 新着の感想 ―
まぁ嘘かどうかはアレクには丸わかりなわけでして。
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