27.第三の勢力
リアムの初陣を皮切りに、襲撃は繰り返されるようになった。
けれどそれは本当にやる気があるのかと尋ねたくなるほどお粗末なものだ。
襲撃者はいつも数人。
ちょっとケンカ慣れしたチンピラ程度の実力がせいぜいといったところ。
「面倒をかけてすまない」
執務室で私の報告を聞きながら、アレクシスが申し訳なさそうな顔になる。
「たいした手間ではございません。むしろリアムが実戦経験を積めるので、いい練習台になりますわ」
リアムのギフトを知って以来、危機察知の能力を活かした訓練に重点を置くようにメニューを変えた。
けれど私相手だと絶対に傷つけられないという安心感があるのか、十分にギフトを発揮しきれないらしい。
その点こちらに敵意剥き出しのチンピラが相手だと、途端にリアムは生き生きとし始める。
「おかげでリアムは目覚ましい成長を遂げていますのよ!」
実戦に勝る訓練はない。
昔ディートリヒがよく言っていた言葉を、リアムを見てひしひしと実感している。
最初こそ興奮がおさまったあとに揺り返しがきて眠れない夜もあったようだけれど、二度、三度と場数を踏むうちに、リアムはすっかり実戦に動じなくなった。
今では襲撃者が現れても、慌てるどころか待ってましたとばかりに頼もしい表情になる。
周りの状況も見えるようになってきたし、危険察知のギフトも日に日に冴えていった。
背後からの不意打ちも、物陰からの飛び道具も、リアムはすべて事前に察知して、危なげなく対処してしまう。
実戦という何よりの教師を得て、リアムはぐんぐん強くなっていった。
「君にかかると、王族の暗殺計画がまるでお遊戯会のようだ」
深刻な雰囲気を消して、アレクシスが楽しそうに笑い声を漏らす。
実際、私にとって襲撃者の相手をするのは児戯に等しい。
「ここ最近の方たちは、あまりにもレベルが低くて目も当てられませんわ」
最初の暗殺者と、二度目のゴロツキと、そして三度目以降。
明らかに暗殺者の質が違いすぎて、本当に王位継承争いに関わるものか疑わしく思えてくる。
「今までとは別の、第三勢力といったところか」
違和感を覚えているのは彼もだったようで、私と同じ結論に至ったらしい。
「しかも決まって旦那様の不在時ですわね」
それを指摘すると、アレクシスの眉間に深いシワが刻まれた。
「やはり内通者が――?」
「……だろうな」
認めたくはなさそうに、けれど目を逸らすことなくアレクシスが頷く。
一度目の襲撃から疑っていたことだ。
リアムの護衛に下剤を盛った何者か。
最初は暗殺者自身があらかじめ仕込んでおいたものだと思っていたが、屋敷の使用人全体ではなく特定の誰か一人を狙うのは至難の業だ。
「だが俺のギフトをもってしても、特定には至らない」
歯噛みするようにアレクシスが険しい表情になる。
「とすると、別のギフトの力が働いている可能性がありますわね」
「厄介だな」
呻くように言って、アレクシスが腕組みをする。
「一度目の暗殺者は自決を選んだ。失敗後は何をされてもだんまりだ。二度目の襲撃者たちは精神干渉系ギフトで強制的に黙らされている。三度目以降は依頼者の口止めすらされていなかった」
手口の違いを見るだけでも、一貫性がない。
それぞれ別の勢力が後ろにいると見るべきだろう。
だがそうなるとますます分からない。
アレクシスに見破られないよう、精神干渉系のギフトで内通者の正体を隠しているのだとしたら、二度目の襲撃の関係者に思える。
しかし護衛が下剤を盛られたのは一度目の時だ。
それに三度目以降の、アレクシスの不在日程が筒抜けなのも気になる。
二度目と三度目以降の指示系統が同じなら、精神干渉系のギフト持ちが関わっていることになる。
けれどその場合、三度目以降の襲撃者たちも強制的に口を閉ざされるはずだ。なのに彼らは皆、少しの尋問で簡単に依頼者の存在を明かしたという。
「屋敷内に複数の裏切り者がいるとは思いたくないが……」
苦渋の滲む顔でアレクシスが呟く。
前妻と従者の不貞を思い出しているのだろうか。
勝手に想像して胸が痛む。
「三度目の襲撃の黒幕はどなただったのです?」
「貴族風の男に大金を渡され、君たちを襲うよう依頼された、と。嘘の音はしなかった」
「どこの誰かまでは襲撃者たちも知らないのですね」
「ああ。依頼主もおそらく命じられただけだろうな」
お手上げとばかりにアレクシスが短く嘆息する。
「さすがに屋敷内でリアムに危害を加えることはないとは思うが。しばらくはリアムから離れず警戒を続けてもらえるだろうか」
「大歓迎ですわ!」
申し訳なさそうに言われて、ことさら明るく返す。
堂々とリアムのそばにいられるのだ。謝られることなどなにもない。
アレクシスはホッとした顔で、「恩に着る」と微笑んだ。
「では内通者はしばらくは泳がせるということでよろしいかしら」
「ああ。尻尾を出すまで、こちらが気づいていないふりをする。腹立たしいが、それが最善だろう」
正直なところ、誰が裏切り者なのか皆目見当もつかない。
日々私に親切にしてくれる使用人たちの顔を一人ひとり思い浮かべてみても、そこに悪意の影を見出すことはどうしてもできなかった。
けれど、内通者は確かにいる。
この穏やかな屋敷のどこかに、誰かの悪意が静かに忍び込んでいる。
そう思うと、背筋にうっすらと寒いものが走った。
「大丈夫だ」
私の無言を不安と推察したのか、アレクシスがそっと声をかけてくる。
「何があっても俺が君とリアムを守る。だから心配しなくていい」
「……ええ」
頼もしい言葉に、私は小さく頷いた。
けれど心の中でこっそりと思う。
黙ったのは決意を固めていたからだ。
守られるのではなく、守らなくては、と。
アレクシスも、リアムも、この屋敷の平穏すべてをひっくるめて。
怪物じみたこの力はこういう時のためにあるのだ。
大切なものを守れるのなら、人間離れしたこの力にもようやく意味が生まれる気がした。




