26.実戦デビュー
「いいわ上手よ! そう、肩の力を抜いて! 大丈夫、敵は大きいだけであなたよりずっと弱いわ!」
早々に男二人を昏倒させて、弟子の応援に回る。
リアムは私の声援だか野次だか分からない声にも律儀に「はい!」と返事をして、的確に拳を叩き込み、攻撃を避けた。
リアムの相手は痩せぎすとはいえ大の男で、リーチも力も向こうが上だ。
体格差はいかんともしがたい。
それでもリアムは負けていなかった。
相手の振るう手足を、紙一重で見切り、いなし、躱す。
そうして相手が体勢を崩した一瞬の隙を逃さず、的確に急所を打つ。
私が叩き込んだ型を、リアムは何ひとつ違えていなかった。
「やっ!」
「ぐぅっ!」
最後に渾身の一撃を相手の鳩尾に叩き込んで、どさりと男が崩れ落ちる。
反射的に両手を高く天に突き上げてしまった。
淑女失格だがもはやどうでもいい。
リアムが自分の力だけで勝ったのだ。
緊張でいつもより動きが固かったのに、それでもその緊張を上手くいなして危なげなく勝ち星を上げた。
「エリー! 見た!? ボクかったよ!」
ぱあっと顔を輝かせて、リアムが満面の笑みで駆け寄ってくる。
「ええ、見ていたわ! 完璧だった」
私は両手を広げて、飛び込んできた小さな身体をしっかりと抱きとめた。
「すごいわリアム。型も間合いも最後の一撃も、何もかも満点よ! あなたは本当に私の自慢の弟子だわ!」
「えへへ、そうでしょ? もっとほめてくれてもいいよ!」
力いっぱい褒めちぎると、リアムは照れくさそうに、けれど誇らしげに頬を染めた。
ああなんて愛おしいのだろう。
この子の成長を、こうして間近で見守れることがたまらなく嬉しい。
感激に打ち震えていると、ふいに腕の中でリアムの身体がぴくりと強張った。
「リアム?」
怪訝に思って呼びかけた瞬間。
ひゅっ、と。
空気を裂く微かな音が聞こえた。
反射的に振り返り、視界に飛び込んできたものを掴む。
矢だ。
認識するのと同時に手の中でくるりと反転させ、即座に射手を見つけ出し足を狙って投げ返す。
「ぎゃっ!」
少し離れた建物の屋根から、足を貫かれた男が転げ落ちていくのが見えた。
低い建物だから大した怪我はしていないだろうけど、回収しに行くのが面倒だ。
だけどそんなことより。
私は急いでリアムを振り返った。
リアムは一瞬の出来事にポカンと口を開けていて、先ほどまでの勇ましさはどこかへいってしまっていた。
「リアム。あなた今、矢が飛んで来るって分かったの?」
そう、リアムは気づいていた。私の耳が、矢の風切音を拾うより早く。
「えっと、矢がくるって分かったわけじゃなくて……」
困ったように眉根を寄せる。
なんと説明すればいいか考えているようだ。
だけどその言葉を聞いて確信した。
訓練中、リアムはいつも妙に勘がよかった。
まだまだ手加減しているとはいえ、私の攻撃をまるで先読みするように躱すことがあるのだ。
それは努力や適正だけでは説明できない、天性のものだと思ってはいたけれど。
「ねぇリアム。もしかしてあなたのギフトって、危険を察知するものなのではなくて?」
私の言葉に、リアムが驚いたように目を丸くする。
「どうして分かったの!?」
ああやっぱり。
私は思わず破顔した。
「すごいわリアム! あなたはきっと神様に愛されてるのね!」
「そうなの?」
戸惑うリアムを抱きしめる。
強くなりたくてたまらないリアムに、危険を回避する能力が備わっているなんて。
そんなの、未来が約束されているようなものだ。
「あぶないことが分かるだけってかっこわるくない? 逃げることしかできないよ」
ギフトの重要性をよく分かっていないリアムが不貞腐れたように言う。
「いいえ最高のギフトよ。断言するわ。これからあなたはもっと強くなる」
興奮を抑えきれずに言う私を見て、お世辞や慰めではないと分かってきたのだろう。
「……ホントに? ボクすごいの?」
徐々にリアムの頬が紅潮していく。
「ええ、すごいわ。それもとびきり!」
ぎゅうっともう一度抱きしめると、リアムは嬉しさを隠しきれない様子で私の腕の中でくすぐったそうに笑った。
我が弟子ながら末恐ろしい。
この子はいったいどこまで強くなってしまうのだろう。
そう思うと、誇らしさで胸がはちきれそうだった。
その日の夜。
夕食時に帰宅したアレクシスは、リアムの武勇伝を私たち二人からたっぷりと聞かされることになった。
疲れているはずなのに、アレクシスは嫌な顔一つしない。
リアムが満足するまで話に付き合い、こまめに相槌を打ち、手放しで褒め続けた。
「本当に見事だ。その場にいられなかったことが残念でならないよ」
本気で悔しそうに言って、彼は「エリシアはいいなぁ」と子供のように私を羨んだ。
「リアムを実戦に出したことを叱られる覚悟をしておりましたのに」
先にアレクシスの許可を得るべきだったと気づいたのは帰りの馬車の中でだ。
己の軽率さを反省しつつ、それでもリアムの活躍を余すところなく伝えたくて、お説教覚悟で報告したのに。
「エリシアが大丈夫だと判断したのなら問題ない」
アレクシスがくくく、と喉奥で笑う。
何の他意もなく言ったのだろうその言葉に、ジワリと胸が熱くなる。
だってそれは私への深い信頼があるということだ。
その信頼に、私はきちんと応えなくてはならない。
改めて身が引き締まる思いで、自然と背筋が伸びる。
「エリーもすごかったんだよ! とんできた矢を手でぱっとつかんだんだ!」
「矢を!?」
リアムの言葉にアレクシスが驚愕する。
「つくづくすごいな君は……」
アレクシスの言葉には、皮肉ではなくいつも称賛が滲んでいる。
それが最近、妙に恥ずかしくて仕方ない。
「そうだリアム、旦那様に渡すものがあるのではなかった?」
咄嗟に話題を変えた私に、リアムが素直に「そうだった!」と乗ってくれた。
そばで控えていたハインツが、サッとプレゼントボックスをリアムに手渡す。
「あのね、いつもがんばってる父上に、いっしょうけんめいえらんだんだ」
「リアム……!」
照れながら差し出した小箱を、受け取りながらアレクシスが目尻に涙を滲ませる。
早速箱を空け、中身のハンカチを広げて「センスがいい、さすがリアムだ」と褒めちぎる。
リアムも得意げだ。
「あの、実は私からも……」
この感激ぶりのあとで申し出るのは少し気が引けたが、おずおずと申し出る。
リアムのものよりさらに小ぶりの箱を侍女から受け取り、アレクシスに差し出した。
「これをエリシアが?」
意外そうに目を丸くして、恭しい手つきでアレクシスが小箱を受け取る。
中身はタイピンだ。
街一番の宝飾品店で、一番高いものや流行最先端のオススメにピンとこず、迷いに迷った末にようやく決めたものだ。
装飾品とは縁遠い生活をしてきたから、喜んでもらえる自信はなかった。
「その、お気に召すかは分かりませんが、アレクシス様に似合いそうなものを、と」
こんなふうに卑屈な物言いをするのは何年ぶりだろう。
どんな罵倒にも動じない自信があるのに、アレクシスの反応一つ見るのがこんなにも怖いなんて。
私が言い訳する間にもいそいそと箱を空けるアレクシスが、リアムのプレゼントに負けないくらい嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。
「……いいデザインだ」
「本当ですか……?」
「ああ。明日から毎日つけていくよ」
はにかむように言いながら、丁寧な手つきでつまみ上げたタイピンを胸元に装着する。
思った通り、流線型のデザインのそれは、アレクシスの知的な雰囲気によく似合っていた。
「父上ってば、今日からつけてるじゃないか」
すかさず指摘を入れるリアムに、侍女がうふふと笑い声を漏らす。
「しまった、嬉しくてつい」
冗談めかして笑いながら、アレクシスが私を見る。
「とても気に入ったよ。ありがとうエリシア」
その言葉に、妥協せず選んでよかったと嬉しくなる。
それからリアムと顔を見合わせ「やったね」と笑みを交わし、こつんと拳を合わせた。
リアムの成長ぶりを堪能出来て、アレクシスの喜ぶ顔が見られて。
今日はなんていい日なのだろう。




