2.突然の婚約
反省室は屋敷の一番上にある。
代々引き継いだお城の最上階に、お父様が私のためにわざわざ作らせた特別製だ。
両親の護衛騎士に両脇を固められて、抵抗することもなくその部屋に入る。
ガシャンと、背後で扉が閉まる音。
続いて外から鍵がかかる。
一刻も早く私から離れたかったのだろう。
慌ただしく去っていく足音が聞こえた。
床も天井も金属製のその室内は、簡素なベッドと小さなソファ、それに食事用のテーブルしかない。
窓には鉄格子が嵌っていて、隙間からは小さな子供がすり抜けることもできない。
部屋の出入り口とは別に、続き部屋への扉がある。
小窓ひとつないトイレ付シャワー室だ。
最低限の清潔は保てるが、それ以外何もない。
長期間監禁することを目的にした部屋。
物心ついた時から、私が何か壊すたびに、妹が私に濡れ衣を着せるたび、反省させ、屈服させるために作られた場所だ。
「無駄なのに……」
ため息交じりに言って、窓の鉄格子を二本握る。
両手にグッと力を込め、左右に開く。
太い鉄の棒が、ぐにゃりと飴細工のように曲がった。
広がった隙間をやすやす通り抜け、窓の縁に腰を下ろす。
外に出た足をプラプラと揺らし、外の空気を吸い込んだ。
地面は遥か数十メートル下に見えるが、私なら怪我ひとつなく着地できる。
お父様たちにはそれが想像できないのだ。
誰もが生まれながらに神様に与えられる『ギフト』という特別な能力。
私に与えられたのは『フィジカル最強』というものだった。
最強、と言うのが国内でなのか世界でなのかは分からない。
『そういうもの』と認識しているだけ。
もしかしたら『家族内で』という小規模なものかもしれない。
とにかく、お父様たちはそのギフトを忌み嫌っている。
まあ生まれたばかりの赤ん坊に指をへし折られたり、新品のベビーベッドを破壊されれば仕方のないことではあるけれど。
理不尽な罵倒も、私という怪物の頭を押さえつけ萎縮させれば、制御できると考えてのことだろう。
そして逆らわない私を見て、それが上手くいっていると信じている。
実際は、いつでも物理的に黙らせられるという心の余裕があるからこそ大人しくしているだけなのだけど。
いつだって大袈裟に騒ぐから、使用人たちまでもが怯える始末だ。
ここから飛び降りて、誰にも気づかれず抜け出すのは簡単だ。
現に、十歳の頃にすでに試している。
なのに、私は未だにこの家にいる。
この屋敷の中しか知らない十歳の小娘が、家族から逃げてどう生きていくのか。
食料確保の術すらない無知な私は途方に暮れて、結局はすごすごと壁を上って部屋に戻ったのだ。
「意気地なしだったわ」
再びため息をついて、中に戻り曲げた鉄格子を真っすぐに戻す。
多少歪んでしまってはいるが、きっとバレることはない。
お父様もお母様も、この部屋には一切近づかないのだ。
「今回こそは逃げるべきかしら」
あの様子だと、フィオナの腕と足は折れている。
受け身があまりに下手だったから。
きっと監禁期間はこれまでにないほど長期に及ぶ。
逃げるべきだ。
だけど外の知識は十歳のあの時のまま。
おそらく意図的に情報を遮断されているのだろう。
己の無力さを思い知らせるため。
あるいは出奔してグランドール家の名に傷をつけるようなことがないように。
きっとこのまま、この屋敷で飼い殺しにする気なのだ。
けれど予想に反して、反省室から出られたのはそれから一週間後のことだった。
「これ以上かわいいフィオナのそばにはいさせられん」
怯えた顔の護衛騎士に連れられ談話室に入るなり、厳かな声でお父様が言う。
隣に座るフィオナの左腕と左足には大袈裟なほどの包帯と、松葉杖が添えられている。
嘲るような微笑み付きだ。
「心まで怪物になったお前に、相応しい場所を用意してやった」
結局私が突き落としたことになったらしい。
反論する気も失せて、軽く肩を竦めてみせる。
どうせなにを言っても無駄だ。
フィオナは自分のギフトを『美貌』だと言っているが、おそらく精神干渉系の何かだと踏んでいる。
だから多少無理筋なことでも、フィオナが声高に言えば皆信じてしまう。
だけど聞いたところでフィオナは正直に答えないだろう。
精神干渉系のギフトは、知らぬ間に心を操られるのではという恐怖から、敬遠されがちだから。
いずれにせよ、ギフトの開示は強制ではない。
ギフトによる差別があってはならないという理由で、法律で認められている。
ギフトがどんなものかは本人にしか分からない。
そして周囲の人間はその人の主張を信じるか推察するしかない。
実際、お父様も私のギフトをただの制御不能な『怪力』だと思っている。
幼い頃ならともかく、力加減を覚えてからは蟻だって潰さずにつまめると何度も言ったのに。
彼らの中ではいつまで経っても私は怪物のままだ。
「相応しい場所とはどちらですか?」
家出する手間が省けたわ、なんて思いながら問う。
お父様がニヤリと笑った。
「クロイツ侯爵と婚約が成立した。荷物はまとめてやったから今すぐ発つがいい」
「クロイツ侯爵? 婚約?」
あまりにも意外な言葉に、思わず素っ頓狂な声が出た。




