17.夜会への招待
数日後、アレクシスから襲撃の顛末を聞かされた。
暴漢たちはやはり口を割らなかったらしい。
「前回のこともあって真っ先に確認したが、口内に自害用の毒の仕込みはなかった。だが尋問しても無駄だった」
「白状しなかったのですか? 全員が?」
驚いて素っ頓狂な声を上げてしまう。
尋問は数日間にわたって行われるものらしい。
拷問こそないものの、眠らせないように夜通し詰問したり、狭い部屋に閉じ込めたり、犯罪者を追い詰める自白に導く。
それを全員が乗り切って、なんの手がかりも得られないなんて。
彼らがそんな強靭な精神力を持っているようには見えなかった。
「おそらくなんらかの精神操作系ギフトが使われているのだろう。喋りたくても喋れないという様子だったらしい」
疲れた顔でアレクシスがため息をつく。
「せっかく生け捕りにしてくれたのに、成果が得られずすまない」
「かまいませんわ。リアムが無事ならそれで」
「……すっかり懐かれたな」
アレクシスが目を細めて苦笑する。
それで気が緩んだのか、ピンと正していた背をソファの背もたれに預けた。
「ええ、おかげさまで。この後も特訓だと張り切っておりましたわ。『父上に早く話し合いが終わるよう伝えて』と」
「はは、前は心配になるほど聞き分けの良い子だったのに」
リアムのワガママを嬉しそうに笑う。
その表情に、私も嬉しくなる。
「では手短にすませよう。実は本題はここからなんだが……」
言いづらそうにアレクシスが眉根を寄せる。
わざわざ襲ってきた暴漢たちの詳細を話すために呼び出すなんてどうしてだろうと思っていたけれど、それはただの前置きだったらしい。
「なんでしょう?」
「実は今回の件で、騎士団の世話になってな」
「騎士団の?」
苦虫を噛みつぶしたような顔のアレクシスに首を傾げる。
「ああ。立て続けに不審者を突き出しただろう。身柄を引き取った顔馴染みに探りを入れられてな」
いつからそんな優秀な護衛を雇ってるんだ、と。
アレクシスが声色を低くして、その騎士の口真似をする。
意外と芸が細かい。
言われてみればたしかに不自然かもしれない。
襲われたのは、か弱い幼子と若い後妻。
しかもあの日駆け付けられなかった護衛騎士は、何者かに盛られた下剤で苦しんでいたのだと後日判明している。
なのに被害は家具や床の破損のみ。
襲撃者たちも、大きな怪我はなく、綺麗に縛り上げられた状態で引き渡されている。
「そんな強い護衛がいるなら、是非とも紹介しろと。王立騎士団に引き抜くつもりだろう」
アレクシスが苦虫を噛み潰したような顔になる。
「そいつは他人のギフトの種類と強さを見抜く。身代わりを連れて行けば、すぐにバレる」
忌々しげに言って、アレクシスはこめかみを揉んだ。
その騎士いわく、引き渡された襲撃者たちは全員が戦闘特化のギフト持ちだったらしい。
特に一件目の方は、暗殺者の訓練を受けた腕利きだったらしい。
下剤の件がなくても、クロイツ家の護衛では対処しきれなかった可能性が高かったのだという。
「あまりそうは感じませんでしたが」
「はははっ」
あの晩のことを思い出しながら何の気なしに言うと、アレクシスが笑い声を上げた後で「いやすまない、笑い事じゃないなと表情を引き締めた。
「常識にはずれたことを言ってしまいました?」
「いや、君の物言いは痛快で小気味がいいものでついな」
気恥ずかしさを誤魔化すように咳払いをして、アレクシスは苦笑する。
「それでまぁ、屋敷まで押しかけん勢いだったので根負けして白状した。戦闘系のギフトを持った女性だ、と」
「はぁ」
申し訳なさそうな顔で言われてきょとんとしてしまう。
確かに他人のギフトを勝手に開示するのはマナー違反だが、顔見知りとはいえ騎士の聴取に嘘をつくわけにもいくまい。
ましてやアレクシスは一国の宰相だ。たとえ血の繋がった親だろうと、国家のために必要があれば情報を開示する義務がある。
「個人情報だから名は伏せたが、悪いことをした。だが女性は騎士団に入れんからな。これで諦めるだろうと思ったんだが」
「だが?」
「……俄然、食いつかれた」
アレクシスが遠い目をする。
「今度の王宮主催の夜会にぜひ連れてこい、だそうだ」
「ふっ……」
苦い顔だ。よほど不本意なのだろう。
堪えようとしたけれど無理だった。
「ふふっ、あはははは!」
笑い出した私に、アレクシスがぽかんとした顔になる。
「……怒らないのか」
「だって、ふふ、旦那様のそんなお顔、初めて見ましたもの」
やらかした、と顔に書いてある。
国中に王族殺しと恐れられる残虐宰相様が、私への申し訳なさでこんな情けない顔をするなんて。
それにその騎士とやらは、この夫にずけずけと「顔を拝みたい」だの「連れてこい」だのと、遠慮も恐怖もないらしい。
アレクシスの悪名なんてどこ吹く風だ。
きっとアレクシスの嫌な噂に惑わされない好人物なのではないか。
それだけで好奇心が刺激されてしまう。
「構いませんわ。そのご招待、謹んでお受けいたしましょう」
「いいのか?」
あっさり頷いた私に、アレクシスのほうが拍子抜けした顔になる。
「社交の場だぞ。君は、その」
「ええ。社交界に出たことは一度もありませんけど」
言い淀んだ言葉を引き取ると、彼は気まずそうに目を逸らした。
これまでの会話で、家族と上手くいっていないことは察しているはずだ
社交界デビューすらままならにと、薄々気づいていたのだろう。
だからこそこの話をするのを渋っていたのだ。
その気遣いに少し嬉しくなる。
いつの間にかグランドール家の手先としての私への疑惑も晴れているらしいし、彼の態度はすっかり軟化しているようだ。
「ダンスはリアムに習えばよろしいかしら?」
冗談めかして問うと、アレクシスが笑った。
「僕が師匠になれると大喜びする姿が目に浮かぶ」
「かわいらしいこと」
喜ぶリアムを想像して、胸が暖かくなる。
「だが期間も短いし、ダンスは覚えなくていい。礼儀作法についてはしっかりと家庭教師をつけるから安心してくれ」
「まぁ! ありがとうございます! きちんと学びたいと思っておりましたの!」
思わず声が弾んでしまう。
この屋敷での生活を保障されていても、生きていくための知識を得られるのは嬉しい。
ましてや貴族社会で必須のものだ。
もしまたここを追い出される危機がきても、上流階級のマナーをきちんと身に着けられれば、就職の時にも有利に働く。
「君がそう言ってくれると助かる。が、無理はしなくていい。嫌な目で見られるかもしれんしな」
「あら、慣れておりますもの」
にっこり笑って言うと、アレクシスがなんとも言えない顔で黙り込んだ。




