14.師匠初心者と弟子初心者
「そろそろ休憩にしましょうか」
「はーい!」
私が言うと、汗だくのリアムが返事をした。
よろよろと木陰に移動する足取りはおぼつかない。
それでも弱音を吐くことなく、私の手を借りようともしないのは、体力がついてきたということだ。
「毎日の成果が出ているわね」
「ホント!?」
私の言葉にリアムがパッと顔を輝かせる。
訓練初日は、普通の子供は体力がないということを失念して、休憩を取り忘れた。
おかげでリアムは倒れるまで走らされることになり、アレクシスには「常人相手ということを忘れないように」と叱られてしまった。
「エリシアは休まないの?」
すっかり可愛らしくなった態度で、リアムが芝生に座りながら聞いてくる。
「隣に座ってもいい?」
「もちろん!」
隣に腰を下ろすと、嬉しそうに笑った。
リアムは元気な返事のとおり、いつでも私の言うことをよく聞き、意外なほど真面目に訓練に取り組んでいる。
身長差も力の差も歴然としているのに、温室育ちだったはずの彼は文句ひとつ言わない。
「あっ、父上だ! おーい父上ー!」
屋敷から出てきたアレクシスに気づいて、リアムがブンブンと手を振り始める。
それが見えたのか、アレクシスも遠くから手を振り返した。
彼は暗殺未遂事件以来、リアムのことを心配してこの屋敷に滞在する時間が増えた。
ハインツ曰く、王宮から大量の書類仕事を持ち帰り、執務室で猛烈な勢いで決裁をしているらしい。
そうして無理やりにでも時間を空けては、こうしてリアムの特訓の様子を見学にくるのだ。
「休憩か? えらいじゃないか」
「ほほほ」
リアムにというより、私に向かってそんなことを言うので思わず目を逸らしてしまう。
「ちょうど声をかけようと茶を持ってきた」
彼が引き連れてきた使用人たちが、後ろでテキパキとお茶の支度をしたり、汗だくのリアムを拭いてあげたり着替えさせたりしている。
休憩のタイミングを逸しがちな私に呆れて、アレクシスはお茶を口実に止めにくる。
それが習慣化して、今では三人でお茶をするのがいつもの光景になっていた。
「リアムの習熟速度はどうだ」
「比較対象が兄しかおりませんが、かなり呑み込みが早いかと」
淹れてもらった紅茶で喉を潤してから答える。
「ふふん」
リアムは得意げにアレクシスに胸を張った。
私の師に指導されていた兄は、国王直属の精鋭騎士団に入ると豪語していたわりにサボってばかりだった。
結局まともに剣術は身につかず、一応騎士にはなれたものの、貴族であればとりあえず採用してもらえると噂の王都北門の通行証の確認係として働いている。
そんな人と比べるのは失礼と思えるほどに、リアムは熱心だ。
最初のうちは、子犬が勇ましく飛びかかってくるようで微笑ましく相手をしていた。
けれど記憶力がよく応用力もあるリアムは、一度教えたことは次にしっかり活かしてくる。
そのため、訓練を始めてまだ一ヶ月も経たないというのに、少しずつ形になり始めていた。
もちろん筋力はまだまだなので威力は低いが、それも徐々に増しているのを感じる。
私が見ていない間も自己鍛錬を怠っていないのは明らかだ。
「ふむ、さすが俺の息子だ」
アレクシスが満足そうにリアムの頭を撫でる。
「へへっ、もっとほめて!」
「師匠が良いのですわ」
冗談めかしてにっこりと微笑む。
アレクシスが「ほう」と言ってニヤリと笑った。
「それは」
「エリシアは本当にすごいんですよ父上!」
何か意地の悪いことを言おうとしたアレクシスを遮って、リアムが頬を紅潮させて主張する。
「ボクがおもいっきり走ってもぜんぜん追いつけないし、たくさん工夫してこうげきしてもぜんぶよけちゃうんだ!」
興奮した様子でリアムが言う。
彼は全く勝てなくても、不貞腐れるどころかいっそうやる気を出す。
私の兄はと思い出せば、彼は歯が立たないと知るや、すぐにいじけて放り出すので、ある程度のところでタイミングを見て、剣術指南役がわざと負けてやっていた。
「……大人げないのではないか?」
「あら、手を抜いてはリアムに失礼です」
アレクシスの指摘にツンと顎を逸らして答えると、リアムが「そうですよ父上」と、私よりよほど大人の顔で頷いた。
「それにエリシアは十分手かげんしてくれています。本気を出したらボクなんて、まばたきの間にこなごなです」
「粉々なんて大袈裟な。せいぜいぺちゃんこくらいよ」
「どっちもやめてくれ」
げんなりした顔で止めるアレクシスに、私とリアムはクスクス笑い合う。
最初の頃の敵意は消え、いまやすっかり仲良しだ。
よく学び、よく冗談を言い、屈託なく笑う。
これが本来のリアムなのだろう。
「坊っちゃま、すごく楽しそう」
「ね、最近またよく笑われるようになって嬉しい」
私たちを見て、メイドたちが微笑ましそうに囁き合うのが聞こえた。
「あなたたちも一緒に食べましょうよ」
「わぁ! よろしいのですか!?」
そう声をかけると、彼女たちが歓声を上げる。
普通は使用人と雇用主家族が共に食事をすることはない。
それくらいの常識はある。
同時に、美味しいものが目の前に並んでいるのに自分だけ食べられないという虚しさを何度も味わってきた身としては、どうにもいたたまれない。
アレクシスも止めないし、お茶のときは同伴の者たちを誘うようにしていた。
おかげで私たちにお茶を運ぶ役目を巡って、一時揉めていたらしい。
諍いの原因を作ってしまったことを後悔しているうちに、彼女たちは順番を決めて平和的に回し始めた。
自分たちで話し合い無事解決できるなんて、ここの使用人たちはみんな本当に優秀で穏やかだ。
実家では、面倒な仕事や私の世話の押し付け合いでいつもギスギスしていたのに。
「旦那様、ご歓談中に失礼いたします」
「ああ、どうした」
申し訳なさそうに現れたハインツが言い終わる前に、アレクシスがサッと立ち上がる。
また仕事の急用だろう。
よく見る光景だ。
彼がそれを渋ることはない。
「いつも大変ね」
ハインツの説明を聞きながら颯爽と屋敷に戻っていく後ろ姿を見送って呟く。
「父上はみんなにたよられてるから」
「そうね」
嬉しそう言うリアムに笑顔で同意する。
アレクシスは、同じく領主の立場であった父とは比べるのも失礼なほど立派な人だ。
「あのぉ、ずっとお聞きしたかったんですが」
メイドの一人がオズオズと口を開く。
もう一人のメイドが「ばかっ」と彼女の肩を叩いた。
「だってぇ」
「いいのよ。なにかしら?」
苦笑しながら応じると、メイドはパッと顔を輝かせた。
「なになに?」
リアムも好奇心旺盛な目を輝かせながら身を乗り出す。
「あっ、いえ、やっぱりなんでもないです!」
メイドはハッとした顔になり、勢いよく首を横に振った。
「そろそろ特訓を再開されますよね!? 急いで片付けます!」
「ええ~? なんだったんだろうねぇ?」
慌ただしく片付けを始めてしまった彼女たちに、リアムが不服そうに首を傾げた。
「そうねぇ、お腹がふくれると眠くなるから、何を聞こうとしたのか忘れてしまったのかも」
「ああ! それボクもよくある!」
なるほどね、と納得した顔のリアムを促し、格闘訓練に戻る。
きっとリアムには聞かせたくない話だったのだろう。
ならばきっと、私が一人の時にまた彼女たちは話しかけてくる。
そう見当がついた。




