13.怪物令嬢は師匠になった
「期待……?」
前のめりに言う私に、アレクシスが首を傾げる。
同時に、扉がノックされた。
「どうした」
「お話し中に申し訳ございません、坊っちゃまがどうしても奥様にお伝えしたいことがあるようで」
再び戻ってきたハインツが、なぜかモジモジしたリアムを連れて入る。
「エリシアに? 構わないが……」
調子に乗るなよとか、いい気になるなとか。
釘を刺しにきたのだろうかと思ったけど、どうやらそうではないらしい。
上目遣いに私を見ているその表情は、なんというか恥じらいに似ていた。
「さ、坊ちゃま」
ハインツがそっとリアムの背中を押す。
リアムはこくりと頷いた後、トトト、と軽い足音を立てて私の前まできた。
「どうされました?」
「あのっ、さっき言い忘れて……えっと」
「お礼でしたら、昨夜も先ほどもいただきましたわ」
「じゃなくて……っ、今までごめんなさい!」
勢いよく頭を下げられてびっくりしてしまう。
リアムは顔を耳まで真っ赤に染めて、これまでの非礼を詫び始めた。
「リアム、おまえ、エリシアにそんなことを……?」
素直で良い子のリアムしか知らないのだろう、アレクシスがショックを受けたように呟いている。
「気にしないでください。私も気にしていません」
よほど後悔しているのだろう。
涙までこぼれ始めて、戸惑いながら目元を指先で拭ってやる。
実際、育ちのいい子供の語彙など可愛いもので、フィオナの品のない罵詈雑言に比べたら悪口にもならない。
子猫に威嚇された程度の微笑ましさしか感じていなかったのだ。
おかげでリアムに対する悪感情もない。
「かっ、母様のかえるところがなくなっちゃうみたいでこわかったんだ。エリシアはなにもわるくないのにっ」
「リアム……」
切なそうにアレクシスが眉根を寄せる。
きっと不倫の末、従者と駆け落ちしたということは伝えていないのだろう。
伝えられるわけがない。
幼い子を捨てた母親の身勝手な事情なんて、知らなくていい。
きっとアレクシスは優しい言葉でふわっとくるんで、セレスティアがいなくなった理由を曖昧にした。
だからほとんど記憶が残っていなくても、母を慕う気持ちは消えなかった。
いつか自分の元へ戻ってくる。
そんな淡い期待を抱いたままなのに、私が現れてしまったのだ。
憎く思う気持ちも当然なのかもしれない。
「それなのにっ、エリシアはボクを助けてくれた、からっ」
しゃくり上げながら懸命に謝るリアムに、胸がきゅっと締め付けられる。
ずっと謝ろうとしてくれていたのだ。
自分が怖い思いをしたことを嘆くより先に。
「リアム様……!」
思わず抱きしめると、リアムは抵抗せずに私の胸に顔をうずめ、声を上げて泣き出した。
どうしよう。
私を追い出さないでいてくれるアレクシスの期待に応えようと決めたばかりなのに。
今はもう、この泣きじゃくる小さな子供のために何かしてあげたくて仕方なくなっている。
「アレクシス様、前言を撤回させていただきます」
「前言? どの前言のことだ?」
キッとアレクシスに視線を向け、決意を込めて言う。
「リアム様をお守りするのが私に与えられた役目ならば、それを果たそうと思っておりました」
「与える? 俺はそんなこと……ああ、さっき言った期待ってそれか?」
「ですが間違っておりました。それではリアム様はいつまで経っても大人の事情に振り回され翻弄されるのみ」
戸惑うアレクシスに構わず続ける。
「守るのではなく、鍛えねばなりません! この先の権力争いで生き抜くために!」
「は!?」
「え!?」
アレクシスが驚いたように、リアムが嬉しそうに、同時に声を上げる。
私を見上げるリアムの目に、もう涙はない。
代わりに期待に満ちたキラキラした輝きがあった。
「エリシアがたたかい方をおしえてくれるの!?」
「はい! 私が責任を持ってリアム様を強くします!」
力強く請け負うと、リアムの表情がパァッと明るくなった。
「おいおい、なにがどうなったらそうなるんだ……」
「強靭な精神は強靭な肉体に宿ります! その証拠に、私は並大抵のことでは動じません」
アレクシスの困惑を解消するため、自信満々に答える。
「いささか規格外すぎる気もしますが……」
ハインツがボソッと呟いたが、聞こえないふりで続ける。
「リアム様も、自分の身は自分で守れた方が安心ですよね?」
リアムに同意を求めると、彼は「うん!」と素直で元気な返事をしてくれた。
「よろしくお願いします! 師匠!」
それからリアムは弾むような声でそう言った。
「師匠?」
予想外のリアムの言葉に目をぱちぱちと瞬く。
それからふと、懐かしい気持ちになった。
そういえば昔、私にも師と仰ぐ人間がいたな。
思い出して笑う。
うん、悪くない。
上辺だけで「母」と呼ばれるより、師匠のほうがよほどしっくりくる。
「よろしい。ではリアム、これからは師の言うことをよく聞き、自己鍛錬を怠らず、よく食べよく寝ること」
「はい!」
偉そうな口調で言ってみても、リアムは嫌がる素振りもない。
「なにが起こっているんだ一体……」
むしろその心酔ぶりに、アレクシスがやや引いていた。
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