12.王族殺しの夫
「王族殺しの、だろ? 子の有無も知らない君が知っていたとは」
「ふふ、家族は私が泣いて嫌がるのを期待していたのでしょうね」
全く思惑通りにならず、悔しがるフィオナの顔を思い出して愉快な気持ちになる。
こうして私と夫が普通に会話しているのを見たら、怒りのあまり卒倒してしまうのではないか。
「君の家族は本当にろくでもないな」
アレクシスが嫌そうに顔をしかめる。
どうやら我がグランドール家の評判は良くないらしい。
それが彼の中でなのか、社交界全体でなのかは分からないが。
「経緯を伺っても?」
「……分かった。こんなことが君への礼になるならば」
そう言ってアレクシスは語り出す。
「あれはそう、王宮主催の夜会に出席したのが始まりだった」
目の回るような忙しさの中、上司命令で無理やり夜会に参加させられた日。
第一王女セレスティアが、なんとアレクシスに一目惚れしたのだという。
「ええ!? すごいじゃないですか!」
思わず驚いてしまう。
大陸一の美女からアプローチがあったなんて。
しかしよくよく見てみれば、確かにアレクシスは整った顔立ちをしている。
男らしいきりりとした眉、すっと通った高い鼻筋。それに切れ長の目。髪は艶があり柔らかそうだ。
体格も、騎士と言われても納得できるくらいがっしりしていて、背も高い。
その上若くして宰相に就任した優秀さ。そして家柄。
不名誉な通り名さえなければ、後妻だろうと引く手数多なのではないだろうか。
「ちょうどその頃、他国の王子との婚約話が進んでいたというから、国外に嫁ぎたくなかっただけだと俺は見ている」
「なるほど……?」
アレクシスが断定口調で言うからとりあえず合わせてみるが、結構本気で一目惚れだったのでは、とアレクシスの悩ましげな表情を観察しながら思う。
「陛下は渋ったらしいが、結局は娘可愛さで政略結婚を諦めた。そして俺にセレスティアと結婚せよとの王命が下った」
「セレスティア様のご希望が叶ったのですね」
国家運営に関わる政略結婚を反故にするほどの娘への愛か。
いまいち想像できなくて、冷めた声になってしまう。
「セレスティア様はその、なぜ……?」
フィオナの話では、前妻はアレクシスのせいで亡くなったはずだ。
だが目の前の男は、女性一人を死に追いやるような人間には見えない。
何か他に複雑な事情があって、それが周囲の誤解を生んだのではないか。
「なぜ死んだのか、か?」
アレクシスが暗く笑う。
「いいや死んでなどいない。彼女はこの結婚生活が不満だったらしい。まだ五歳のリアムを置いて、俺の従者と駆け落ちした」
「えぇ!?」
聞いていた話とも予想とも全然違う展開に、思わず大きな声が出てしまう。
「醜聞が広まるのを恐れた陛下によって、セレスティアは忙しい夫……つまり俺だな、に寂しさが募り、家庭を省みるよう説得したが拒絶され、挙句罵倒され、絶望の末に自死を選んだということにされた」
「まぁ、なんてこと……」
あまりの横暴に絶句してしまう。
娘の不始末を、王命で結婚させた相手に負わせるなんて。
「……それ、私が知ってもいい情報ですの?」
おずおず尋ねた私に、アレクシスはヤケクソのように笑う。
「ハッ、緘口令を敷かれたがもう知らん。息子の恩人に、隠し事をする人間にはなりたくない」
どこかスッキリした顔のアレクシスに、一方的に悪者にされていたやるせなさを垣間見て少し共感を覚えた。
「折り悪くその時期に、王弟殿下が自死なされた。不正を犯し、手心をとおっしゃる陛下を押し切り相応の処罰を下す決定をした。宰相が公平性を失ったらおしまいだ。国が亡ぶからな。だが周知される前に、殿下は死を選ばれた。他の貴族に知られたくなかったのだろう。プライドの高い方だったから」
「あなたはそれを負い目に感じてらしたのね」
アレクシスは何も言わず、皮肉に唇を歪めて笑った。
それは肯定なのだろう。
だから妻を死なせた男と言われる不名誉を甘んじて受け入れた。
もしかしたら、セレスティアの浮気も自分のせいだと思っているのかもしれない。
「世間的には同時期に二人も王族を死に至らしめた人間だ。『王族殺し』と呼ばれるようになるのも仕方ない」
自嘲するようにアレクシスが肩をすくめる。
「何も仕方ないことなんてありません。なぜ立ち向かわないのです」
他人事ながら、なんだかムカムカしてくる。
フィオナに何度怪物と呼ばれようとどうでもよかったように、彼もその程度なんとも思っていないのかもしれない。
だけど、真実怪物同然である私と違って、彼は何も悪いことをしていないのに。
「はは、君ならどんな理不尽も跳ねのけられそうだ」
自嘲でも皮肉でもなく、アレクシスが清々しく笑う。
そんな表情を見せられると、ますます「王族殺し」なんて呼び方が不似合いに思えた。
「しかし逆らえば、リアムを取り上げられてしまう。陛下の孫だからな。悪名などより、そちらの方がよほど耐えられんよ」
諦めの滲む声だ。
悔しさは感じない。
彼の中ではとっくに折り合いがついているのだろう。
名誉より悪評より大事なものはリアム。
優先順位の圧倒的一位が決まっているから、揺るがないのだ。
「ようやく得心いたしました。お話ししてくださりありがとうございます」
私を追い出さないのもきっと、リアムのためだ。
そう理解して、ぎゅっと拳を握りしめる。
「アレクシス様のご期待に添えるよう、頑張りますわ!」
立ち上がり拳を握り締め宣言する私に、アレクシスは肩眉を上げ怪訝な顔をした。




