11.狙われる義息子
先走って、完全に余計なことを言ってしまったらしい。
「どうかお忘れください」
「忘れられるものか」
それはそう。
ああ勢いで推し切れるかもなんて思わずに最初から冷静に話し合うべきだった。
私、頭使うの向いていないみたい。
どうせならそういうギフトが欲しかったわ。
「出て行くつもりだったのか? なぜ?」
「……生家ではこのギフトは疎まれていたので。知られたら追い出されるのでは、と」
観念して正直に言うと、アレクシスが眉をひそめた。
「息子の命の恩人を追い出すわけがないだろう」
訳がわからないという顔だ。
だけど私にとって、その反応こそ予想外だったのだ。
だって今まで役に立とうと努力しても、そんな恐ろしい力で触れるなと拒絶され罵倒され続けてきたから。
「変な心配はしなくていい。これからもここに……と言いたいところだが、こちらこそ離縁を言い渡されても仕方ないかもしれん」
「私から、ですか? それこそなぜでしょう?」
言いづらそうに、アレクシスが目を逸らし、ポンと大きな手をリアムの頭に置いた。
リアムが不思議そうにアレクシスを見上げた。
「ここにいれば、これからも昨夜のようなことが続くだろう」
その言葉に、視線に、何か良くないものを感じて口を開く。
「――賊は迷いなくリアム様の部屋に向かっておりました。お心当たりがあるのですね」
昨日から気になっていたことだ。
屋内を知り尽くした迷いのない足取り。
侵入口からのルートには貴金属の保管庫も食料庫もあったのに、それらに一切見向きもせず、子供部屋に一直線だ。
廊下の装飾品も手付かずだった。
それにいつまでも現れなかった護衛。
ただの突発的な泥棒であるはずがない。
綿密に計画され、周到に準備した上で実行された、暗殺未遂だ。
アレクシスはしばし迷うような顔をしたあと、深いため息をついた。
「戻りました旦那様」
そのタイミングでハインツが戻ってくる。
「ハインツ、リアムを頼む」
「はい、かしこまりました」
アレクシスがそれだけ言うと、ハインツはすぐに何かを察して渋るリアムを促し部屋から連れ出した。
リアムが何か言いたそうな目をこちらに向けたまま扉が閉まる。
彼に聞かせたくない話なのだろう。
二人きりになるなり、アレクシスの表情が険しいものへと変わった。
「心当たりは、もちろんある」
「私が伺ってもよろしい内容ですの?」
「ああ、特に隠していることでもないし、巻き込んでしまった以上は詳細を伝えるべきだろう」
真剣な顔に、ごくりと息を呑む。
「リアムの実母……つまり俺の前妻だが、名をセレスティアという」
「セレスティア……というと、まさか第一王女の……?」
さすがにその名前には聞き覚えがあった。
この国の第一王女セレスティア様。
大陸一の美姫と謳われ、周辺国からの求婚が絶えないほどだと、フィオナが自分のことのように自慢していた。
「ああ。リアムは王家の血を引いている」
誇る口調ではない。
疎んでいるような声だ。
嫌な予感がして眉根が寄る。
「一昨日、陛下がお倒れになった。幸い一命は取り留めたが、もう長くはないだろうと医師は言った」
その言葉ですぐに理解できた。
国王陛下の病気が分かった途端の凶事。
王位継承権争いに起因しているのは明らかだ。
本来であれば次期国王をじっくり見極める期間があり、国王の意向と議会の承認を得て国王の座につく。
しかし今回は病気が原因だ。
国王もまだ意向を固めていなかったに違いない。
リアムが陛下の孫に当たるというのなら。
他の王位継承権を持つものが、邪魔になる前に排除しようという動きが出るのもおかしくはない。
「現時点での最有力候補は第一王子と第二王子だ。それぞれに為政者向きのギフトを所持しているらしい。能力にほぼ差もない。支持者の数も五分五分。リアムが議会に選ばれる可能性は低いが、宰相である俺ごと抱き込むことで勢力が傾く可能性は高い。焦った陣営の者が、強硬手段に出るのも無理はない」
アレクシスの推測は理解できる。
上手く味方につけることができれば、リアムの後見となるアレクシスも引き込めるのだ。
だが王族殺しの残虐宰相に守られた少年を懐柔するのはあまりに困難だ。
ならば相手に取り込まれる前に殺してしまった方が楽に違いない。
そう判断したのだろう。
だけど。
「その二陣営の争いなら、そちらに暗殺者を仕向ければよろしいのに」
両王子とも確かとっくに成人していて、まだ子供のリアムよりもよっぽど互いの方が邪魔なはず。
なのにどうして真っ先にリアムに刺客を差し向けるのか。
「継承最有力候補のどちらかが死ねば、誰が差し向けたのかすぐバレる。リアムを殺し、相手に容疑をかけ、諸共に葬り去るつもりなのだろう」
苦渋の滲んだ深いため息がアレクシスの薄い唇から漏れ出る。
「第一王子か第二王子、どちらの陣営の者かは分からない。だが、きっとこれからもリアムは狙われるだろう」
忌々しげな口調だ。
息子が王位に就くチャンスとは考えていないように見える。
「リアム様を王位に、とはお考えにならないのですか?」
「リアムが望むなら全力で後ろ盾になるが、そうでないならあんな謀略渦巻く薄汚い世界に足を踏み入れさせたくはない」
「んふ、その世界に首まで浸かってらっしゃるのに?」
当事者側の人間が本気で嫌そうに言うので、思わず笑ってしまう。
「それを言われてしまうとな……」
怒らせてしまうかと思ったけれど、彼は苦く笑うのみだった。
その表情を見て改めて思う。
初めて会った日から感じていたことだ。
フィオナたちからあらかじめ聞かされていた情報と、目の前の彼への印象が、ちっとも一致しないと。
王族殺しの残虐宰相。
そんな物騒な噂が立つ人間が、息子の将来を案じて最高権威の後見となれるチャンスを捨てるだろうか。
「質問してもよろしいかしら」
「俺で答えられる範囲であれば」
ほら、やっぱり怖くない。
愛息を助けたことを差し引いても、彼は理不尽に暴言を吐いたり人格否定をしたりしないのだ。
「ご自分が社交界でなんと呼ばれているのかご存知ですか?」
思い切って聞いてみると、アレクシスが苦虫を噛み潰したような顔で「ああ」と低く答えた。




