意外なレパートリー
あらかじめ水に浸けておき、膨張した豆の横に用意されているのは、道安がたまたま厨房で発見した植物の種が三種類だった。
厨房にある食材は自由に使っていいと許可を取っていたので、道安はこれらの種を先に味見し、それぞれクミン・コリアンダー・マスタードであると結論付けた。
さらに、トマトやキャベツと思しき野菜もある。逆に、いまここには醤油と味噌のみならず、梅干しや豆腐もない。
典座として鍛えた和風の料理のみを作るつもりだったが、喜んでもらえるなら、趣味で鍛えたレシピも出し惜しみしないべきだ。
急遽、ジャバニカ米に近い米の炊飯方法を二通りに分ける。一つは通常の炊飯で、もう一つは大量の湯で米を茹で、湯を捨てる湯取り法だ。
別の鍋で、先に遠火でじっくり煮崩した豆を確認する。しっかりペースト状になっているので、みじん切りにしたトマトを加えた。
別の鍋に植物油をひき、クミンとマスタードシードを放り込んだ。マスタードシードが半分弾けたあたりで火から引き、ペースト状の豆にジャッと掛ける。テンパリングを経て、ダルタドカが完成。
「道安さん、インド料理も作れるんですか……」
「信条によりタマネギとニンニクは使えませんがね。でも、五葷(タマネギやニンニクなど匂いの強い野菜)と乳製品、卵に気を付ければ、インド料理は精進料理としても問題ないレシピが多いんです」
「そういえば、お釈迦様ってそこら辺の人でしたっけ」
「諸説ありますけどね。現代では他の宗教がメインの地ですが、ベジタリアン人口で言えば日本の比ではないので、むしろ私の同門でもインド料理を好んでいる人は多かったんです」
「ホージョーサンは二つの国の料理に精通しているのか」
「私の故郷は誇れる食文化を持ちながら、他国の食文化に柔軟でした。おかげで、私でもそれらを学ぶ機会を得られたのです。……仏教も、もともとは別の国から渡ってきたものですしね」
「なるほどな……」
王は興味深そうに鍋をのぞき込んだり、スパイスの香りを楽しんでいた。
「……私は何かが作り上げる過程を学ぶのが好きだ。しかし、実際に手を動かすことを、立場が許さない」
道安は、無言でうなずきながら、手を動かし続ける。
「今日も無理を言ってショージンリョーリを作ってもらっているが……食べるだけでなく、工程まで見るのは、楽しいものだな」
乾煎りしたクミンとコリアンダーシードをまな板と綿棒ですり潰し、炒め煮にしたキャベツと合わせる。サブジの完成だ。
他、精進料理の定番も仕上げていく。
「……すげぇ」
「……圧巻だな」
「さぁ、頂きましょう」
道安はいつの間にか魚の形にくり抜かれた謎の木板を取り出して叩いた。それが調理になんの意味があるのか、王も親平もわからなかった。
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豪華だがいつも王が食事をするより遥かに小さいテーブルを三人で囲む。
給仕はいないので、護衛兵士が気を付けながら料理を運んでくれたが、彼らもしきりに料理をちらちら見ている。
道安としては後で王に許可を取って、後日彼らにも料理を振る舞うつもりだ。
料理が並んだ後、道安は五観の偈を唱え始めた。王も親平も、何も言わず聞いている。
「……この五観の偈は短いですが、それでも覚えていただくにはやや長い。半年も聞いていれば覚えると思いますが。なので、今日のところは私と一緒にこう言ってください。『いただきます』と」
親平は当然のように、王はやや不慣れな様子で道安に合わせて合掌する。
「いただきます」
「いただきます」
「いただきます」




