不殺生戒
「正直……道安さんに会う前なら、なにも考えず殺していました。殺した相手の死体を見て考えることもあったけど、敵意を持たれた時点で殺すのが最善だと、そのときは信じていました」
「……」
「でも、道安さんから教わって、悪人としての自分を考えてると……最短経路で命を奪っていいのか、わからなくなります」
「……そうですか」
「今でも、戦場で向かう敵を殺します。なるべく考えないようにしながら。そして、答えは今でも出ないままです。……きっと、簡単に共通の答えが出る問題だったら、誰かが真っ先に教えてくれるでしょう。でも、そうじゃないから、これは俺が考えなければならないんだと思います」
「……しかし、さっき、あなたはクマを殺さなかった」
「正直言いますとね、仮に脅しが効かないで、クマが道安さんを殺しても、道安さんは俺を恨まないと思ったんです。きっと、クマの命を奪わないように模索した、それがベストだって……」
「それはその通りです」
「でも、ほんのちょっと迷いました。それは俺が、道安さんを見殺しにしたことと変わらないんじゃないか。やはり、最も確実な方法を取るべきではなかったのかって」
道安は、そんなことありませんよ、と否定しようとして、止めた。そんなに簡単に断言すべき問題では、ない。
「……考え続けることは良いことです。しかし、囚われ過ぎてもよくありません」
「それは今は手放して……とりあえず坐りましょう、ですかね?」
「そうしたいところですが……とりあえず王城に着いてからにしますか」
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道中、親平と他愛のない話をしながら考える。
親平がいなければ、自分はあそこで死んでいただろう。しかし、それより、大きな問いがある。
(私が、仮にクマを殺しうる武力を持っていたら……)
不殺生戒を説く僧侶でありながら、ほとんど考える隙もなく、棒をクマに向けた自分を思い出す。
親平の言っていた、殺すことが最善という事実。
親平は文字通りチートの暴力を振るから、クマを脅かすという選択肢を取れた。しかし、そんなのは例外だ。
自分が、人並みの、しかし熟練の兵士としての武力を持っていたら。
おそらく、クマを殺す以外に、助かる道はない。
自分だけだったらまだ迷えるが、隣にいるのが王だったら? 王女だったら? 教皇だったら? 村娘や、産まれたばかりの赤子だったら?
親平の問いが、そのまま自分にも突き刺さる。
まだ、抵抗する術を持たない今の方が楽に死ねる。そう考えそうになって、慌てて流す。
(…………これは、すでに執着なのかもしれません)
親平とポツポツ会話しながら、道安は随分この問いに思考が囚われることに気がついた。
答えは出ない。きっと、死ぬまで出ない類の問いだろう。
考えを放棄することはしないが、囚われるのは間違いなく「苦」に違いなかった。
(……「放下」しなくてはなりませんね)
これから、人のために料理を作るという作務が待っている。 いつものように、一切手を抜かず、文字通り手を尽くす。
道安は、今この時のために、静かに問いを流した。




