エピローグ
只管打坐。小さいながらも自分の庵を構えた道安は、折角の我が城にうかれることなく、坐禅に没頭していた。
女神の信託。
国から課された使命。
誘惑と自己の死。
悪人としての絶望。
神の縋る先。
自分がかける呪い。
永遠の生でも逃れられない別れ。
全て苦。一切皆苦に違いない。
しかし、大切な縁だった。
結論、変わらず坐る。
道安は、あいかわらず、いつ、どこでも、一切ブレることなく。壁と床さえあれば坐禅ばかりしていた。
禅僧道安のために、王がちょろまかした予算で小さな庵が建てられた村でのこと。
ここは連合王国と魔王国が「非公式」「実験的」に設置した、両国の国境をまたいで建てられた村というより、小さな共同体というべき集落だった。
山の中、経済的・戦略的に価値がまったくなく、両国の国境をまたいでいるために、どちらの国も管理することができない土地。
ここに魔族側と人間側の両国から希望者が集められ、共同生活を送るという、いわば「実験的な」村だった。
もちろん両者に摩擦はある。政治的な裏表も見え隠れしている。
しかし、両者には、奇妙な文化的共通点があった。
坐禅。
老若男女を問わず、種族すら問わず、村民一同が暁天坐禅に励む姿を目にし、警策を持った護衛騎士を見て、道安は微笑を浮かべていた。
非公式であるがゆえに頻繁ではないが、王女や二代目勇者も村に遊びに来ては一緒に坐ってくれる。
この前など、視察と称して王と教皇が仲良くやってきたのには思わず笑ってしまった。当然仲良く坐らせた。
道安は、充実していた。
常にこの庵に居を構えているわけではない。
かつて世話になった農夫が麓に住んでいるので、シイタケなどを仕入れに行くついでにそこでも坐る。
この前は久しぶりに初代勇者の寺に行った。
前回は急いでいたのでじっくり見られなかったが、改めて荘厳な寺の威容を前にして、道安はちょっとだけ嫉妬を覚える。初代勇者式の、慣れない壁を背にした坐禅で嫉妬を流す。警策は複数回打たれるのか、油断した。
道安は特別に魔王国側でも自由に行き来できるので、ときどき思いだしたように護衛騎士とふらふら旅に出る。
魔王城すら顔パスで入ったときは、護衛騎士に呆れられたが。
まっさきに向かうのは誰も囚われていない地下牢だ。
誰もいないので、最低限の人員だけで管理されている地下牢で、見知った二人にちょっかいをかけにいく。この前初めて三人で坐ったが、感想は「足が痛い」だけだった。
あいかわらず忙しそうな宰相は、「またお前か……」と言いつつも、執務の手を止めて、道安を王室に招いてくれた。
そして王室。相変わらず幼い印象の、しかし少しだけ大人びた印象に変わった魔王が、屈託のない笑顔で迎えてくれた。当然、一緒に坐る。宰相も無理やり一緒に坐らせた。
彼らの周囲は、以前から大して変わっていない。坐っていない日々は、相変わらず忙しくまわっている。
変わったことといえば、全員が道安と一緒に坐るようになったことくらい。
道安は充実していた。全員と一緒に坐る。それだけで、十分だった。
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女神から用もないのに呼び出され、坐禅後に一緒にほうじ茶を飲んで帰ってきた。
夜中に呼び出され、戻ってきたのは朝。昼の今、少し眠いが一日のスケジュールは変わらない。
「……道安、今ちょっといいか?」
「……ああ、なんでしょうか?」
最近は移住希望者の管理もしている護衛騎士が、畑仕事としての作務をしていた道安に声をかけた。
普段は勝手に事務処理してくれる護衛騎士だが、わざわざ道安に声をかけてきたということは、間違いなく坐禅関係の話だ。
「……今度は魔王国側から馬人種の移住希望者だ。あの下半身では結跏趺坐とはいかないぞ」
「……なるほど、今度はさらに難題ですね」
前に移住してきた鳥人種の方々は、法界定印ができなかった。
筋肉を緊張させることなく、しかしすぐに次の行動に移れないような、特別な形。
彼らと細かく打合せを重ね、なんとか鳥人種版の法界定印を完成させた。
それが、今回は馬人種。下半身が馬なので、結跏趺坐はもちろん、正座も怪しい。
「……また忙しくなりそうですね」
「……でも、結局坐らせてしまうのだろう?」
万物に仏性はある。身体さえあれば、坐れるはずだ。
道安は苦笑いとともに畑仕事を切り上げ、護衛騎士と一緒に村の門へ向かう。
門には、馬人種の移住希望者がいた。
彼らに向かって、道安は歓迎の挨拶に続けて言う。
「とりあえず、坐りましょうか」




