「もう私は、この人生をやりきったんだ」
三日後の夜。魔王城にて割り当てられた部屋で、道安は一人坐禅を組んでいた。
部屋のノックが鳴る。兵士か、あるいは、ケラクか。
道安が返答する前に、扉が開いた。
「……抜け出してきちゃった」
「……パージュンさん?」
パージュンが苦笑いとともに、部屋に入ってきた。
表情は笑っているが、その瞳には、業火のような執着の代わりに、諦めがあった。
しかし、とても爽やかで美しい諦めをたたえているように思えた。
彼女は道安の隣にちょこんと座る。
「……道安のことを簡単には諦められないけど、でも私のモノにできないこと、分かっちゃった。永遠なんてないって、分かっちゃった……」
「……私だって死にたくないですけどね。でも、私はいずれこの世を去ります。絶対に」
パージュンは苦笑いのまま、道安の言葉にうなずいた。
「そして、私が産みなおしても、それは道安じゃない」
「そうです。むしろ、今夜寝て、朝起きたら。もっと言えば、話しているこの最中でも。一瞬前の私は、もういない」
「常に、私たちは死に続けている?」
「ある意味では。死は終端ではなく、生と平行して存在するものです」
「……それでも、錯覚でも、終端の『別れ』はつらいよ」
「そうですね……まだ会ってから間もないですが、あなたが亡くなったら、私だって悲しいです。いかに仏法に通じていようと、親しい者を亡くす悲しみからは、逃れられない」
パージュンの顔が少し曇る。
そんなパージュンに対し、少し間を置いて。道安はほほ笑みかけながら続けた。
「ですから、あなたも私も、日々を大切に生きるべきです。多くの人が説くことですが、大切なことです」
「……死ぬとき、未練なく逝けるように、ってこと?」
「そうとも言えます。ただ私が伝えたいのは、未練なく逝けるかどうかより、今を丁寧に生きているか、そこです。死に備えるのではなく、今を生きた結果として、死に恥じない」
「……それは、幸福なの?」
「受け入れられない人もいると思います。『次がある』ことに希望を見る人もいると思います。しかし、一度しかない生、一度しかない『今』だからこそ、丁寧に、感謝をもって生きるのです」
一瞬前の道安はもういない。でも、だからこそ、今ここにいる道安は、尊くここに在る。
「死んだときに、『もう私は、この人生をやりきったんだ』と胸をはれるように」
パージュンは理解を試みる。しかし、今はまだ、完全には理解できない。でも、急ぐことではない気がした。
「……ごめんね、今は、そう考えられないや」
「一気に飲み込むことではないでしょう。私だって、死にたくないだけの凡夫です。ずっと、ずっと修行中です」
道安も苦笑いになる。そのまま、道安はパージュンから、壁に向かって坐り始めた。
「ですが、これはきっと、頭だけで理解することではない。だから、とりあえず坐りましょう」




