空
「……それでも、道安に近づけると思って、坐禅をしたの。でも、余計に道安は遠くへ行ってしまうの」
悲痛な顔で、パージュンは道安に訴える。
道安は、静かに応える。
「……坐禅とはそういうものです。私は離れていくばかりでしょう。でも、それでいい。続けてください」
しかし、パージュンは最後の抵抗とばかりに、頭を力なく横に振る。
「いやだ、道安が遠くにいってしまうのはいやだ。初めて近くにいてほしいと思った人なんだ」
それはもはや最後の希望をたくし神仏に祈る者そのものだった。
しかし、言わなければならない。永遠に近くにいてくれる存在など、いない。
「パージュンさん。死ぬときはね、誰でも一人で旅立たねばならないんですよ。想像してください。私とあなたが愛し合って、先に私が旅立ったときのことを」
パージュンの顔が絶望に染まる。絶望の底だと思っていたら、更に深淵が口を開く。
「いやだ……そんなの嫌だ! そんな苦しみ、耐えられない!」
「……それが快楽。つまり苦です。あなたが他者に与えてきたものの正体です。それは善悪ではかるものではない。でも、手放すべきだ」
「……」
「手放してください。私を。世界を。手放しても、全ては一つです。あなたは一人でも歩いて行ける。一人でも、皆います。これが縁です」
他者との境界線を失くし、分別をやめた先の「空」。
ロジックではなく、感覚と本能で、パージュンは空を見た。
死ぬときは一人。生きているときでさえ、一人。でも、全ては一つ。自分も、道安も、世界も、全ては一つ。
行ってしまったという道安が、ここに戻ってきている気がした。触れようとした瞬間、空になってしまうけど。確かに道安は、そこに居た。
――パージュンは全てを諦めて、その先に見えた空に、理由の分からない安らぎを見出していた。
「とりあえず坐りましょう」
まず道安が壁に向かい、パージュンがそれに続く。
今日、二人のやりとりは、それが最後となった。




