理解者が欲しいのかもしれません
王室を出てしばらく歩いた道安は、ケラクに話しかけた。
「……私の信念通り、間違ったことをしたとは思いませんが。それでも無理を通してもらい、ありがとうございます」
「……貴殿が謝罪することではない。魔王様の望みは、できる限り叶えるべきだ」
ケラクは振り返らずに、階段を降りていく。
「……あの通り、魔王様は若く純粋な方だ。しかし、自身の持つ奇跡を自覚し、それが世界の救済になればと、あのような小部屋に自ら閉じこもられている。尊い核心的存在ほど、外界に出るわけにはいかない現実を、あの方はよくわかっている」
「……それでは、パージュンさん自身が役割を強いられている」
「だからこそだ。あの方は滅多に希望を仰らない。そんな魔王様が、なぜか希望したのが貴殿という存在との接触だ。宰相としては認めづらい希望でも、最も大切な存在の願いを、そう簡単に断れるか」
そう語るケラクの声色に、嫉妬ではない悔しさややるせなさを感じたのは、道安の気のせいだろうか。
「……ここがしばらくの貴殿の部屋だ。扉の外に兵がいるから、用があれば呼べ。魔王様を呼び立てることは許さんが、私に用があるならいつでも兵にそう伝えろ」
道安が中に入ると、扉を閉めながら、ケラクは最後にこう言った。
「貴殿のことは信頼していない。信頼していないが、悪人ではないと思っている。だから……魔王様に、付き合ってやってくれ。同胞だからこそ、限られた者としか直接触れ合えない、魔王様と」
扉が閉まり、道安は一人になる。
考えてしまうことはたくさんあったが、道安はいつもの通り、とりあえず坐ることにした。
----
翌日もパージュンに呼び出された道安は、ケラクとともに王室へと向かった。
前室では今日も幸せが満ちている。道安はそれを認識したが、今考えることではないと受け流した。
本日は前日できなかった二炷を通しで行う。相変わらずの深い坐禅の隣で、今日は道安も坐った。
二炷を坐り終えた二人は、安楽座に直して会話を始める。
「相変わらず素晴らしい坐禅でした」
「う~ん。でも、今日は昨日ほどうまく坐れなかったなぁ」
「そうなんですか?」
「そう。だって、隣に道安が坐ってたから。隣に同じことをしている人が居ると、なんか嬉しくって」
「……喜びの感情であっても、坐禅中は観察に留めるのが良いでしょう。しかし、それを否定する必要はない。私だって、毎日一緒に坐ってくれる仲間の存在が心強かったものです」
「それは道安の故郷の話?」
「そうです。今でもハッキリ覚えている、懐かしい修行時代です。数十人の僧侶とともにただ坐る時間……私の大切な記憶になってしまいました」
「……今は一人で寂しいの?」
「いえ、おかげさまでこちらでも沢山の縁を結ぶことができました」
ほほ笑みを絶やさず、しかし、ちょっと自嘲気味に、道安が苦笑いする。
「でも本音を言えば……同じ仏法の元に集った、尊敬する師や同夏(同じ時期に入門した修行僧)、そして弟子たちが恋しくないかと言えば、嘘になります」
「理解者ってこと……?」
「そう言いたくはないですが、理解者が欲しいのかもしれません。最近は教えていることのほうが多い気がしますが、私は修行僧ですから」
その苦笑いは、いつものほほ笑みよりも、余程人間としての魅力をたたえていた。そう、パージュンは感じた。
「理解者……」
パージュンは道安にではなく、目の前の壁に向かって、独り言のように呟く。
「……今日はここまでにしましょう、魔王様」
ケラクによって、この日はここで終了となった。




