魔王、坐る
初めて坐禅を組んだパージュンの坐相はほとんど直すところはなかった。
言動は軽いものの、道安にはそれは純粋さの裏返しのように感じられたように、彼女の坐り方にもそれが反映されているように見えた。
調身、調息、調心を終え、半眼で壁に向かって坐るパージュン。
その後ろ姿をケラクと並んで見ていた道安は、素直に感心する心と、そして少しの違和感を感じていた。
坐禅が、初心者として完璧すぎる。
(これは、あまりにも……入り方が、深い)
まるで、長年坐禅を組んできた老師のような坐禅をするパージュン。下手すると道安の坐禅よりも「純粋」かもしれない。
(おそらく六根を遮断はしていない……受け入れているが、囚われていない)
六根とは、早い話が五感に「感覚器官としての心」を加えたものである。仏教においては、心は思考だけではなく、内の中から湧き上がってくる感情や記憶に対する感覚器官としての働きもあるとされるためだ。
坐禅はこれを押さえつけない。重要なのは、心で感じるのはいいが、その先の物事をラベリングする「相」と意図や意志を生じさせる「思」まで進めさせないことだ。
外界から見ているから確実なことは言えないが、道安の直観ではパージュンはそのロジックが完璧にできているように見えた。
ごく小さな音に身体は小さく反応している。しかし坐相は崩れない。
おそらく心の中もそうだろう。きっと今まで直視する前に消えてしまっていた、様々な思いが感覚器官としての心に浮かんできているはずだ。しかし、ただそれを見つめている。
道安は、その様子を見て、なぜか巨大な氷山を思い浮かべた。完全な無風ではないが、緑なす山よりも巨大で静的な――
いつの間にか一炷の時間が過ぎていた。
鐘がないので、道安はパージュンに声をかけた。
「パージュンさん。一炷が終わりました。一旦足をほどきましょう」
やや時間を空けて、パージュンの目が焦点を結び、表情に色が戻る。
「……えへへ。確かにこれは洗脳かもしれないね。『普段聞こえなかったもの』が聞こえた気がする」
「……聞こえることはいいのです。深入りしなければ」
「魔王様、これ以上は……」
「分かっているって、ケラク。心配かけてゴメンね。道安も、きっとこの後もなにか続きがあるのかもしれないけど、今日はここまででいい?」
この後経行から二炷目に進むのが定番だが、最初から無理強いするつもりはなかったので、道安は頷いた。
「大丈夫です。……これは忖度無しでの感想ですが、あなたの坐相は、初心者とは思えませんでした」
「! そうなんだ! 喜んでいいやつか分からないけど、嬉しいよ! また明日もよろしくね道安!」
屈託ない花の咲くような笑顔で喜ぶパージュンと、「また明日」という言葉に苦い顔をするケラク。
二人にほほ笑みを返し、道安はケラクに連れられて王室を後にした。




