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異世界禅僧はとりあえず坐る  作者: ホゲファイブ
魔王編 ― 空
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理想の楽園とは

「……中に入らなければ、近くに寄っても構わん」


ケラクに促されたので、道安はおそるおそる天蓋の一つに近づいた。


中には男女が二人、静かな笑顔を浮かべ、見つめ合いながら座っていた。


呼吸はしている。わずかに、身体は動いている。


それは一見、椅子でする坐禅のようにも感じられたが、坐禅ほど型が定まっているわけではなさそうだった。


むしろ、彼らの目線は正確に相手を捉えており、表情からも明らかな「幸福」が見てとれた。


「……他者と交わる悦び。それは掛け値なしに素晴らしいものだ。愛する者が居て、お互いを認め慈しみ合う。関係の仕方、その美醜関係なく、それは我々の生を満たす」


道安は黙って後ろのケラクの声に耳を傾ける。


「しかし相手という存在を必須とするこの悦びは、誰にでも受け取れるものではない。受け入れる側だってリスクがあるからだ。……しかし、もしそのリスクが存在しなかったら? お互いに触れずとも、見つめ合うだけで、同じ量の幸福を得られるとしたら?」


「……それが、この空間というわけですか」


ケラクはうなずく。しかし、その顔は誇らしさよりも、強い志による自制を感じさせるものだった。


「魔王様は信仰する者全てにこの奇跡を与える。魔王様本人の意思に関係なく、信仰の総量に応じた範囲内にいる者全てが恩恵に預かれるだろう。しかし、まだ世にこの救済が行き届いていない中、私が幸福に浸かることは許されぬ」


一度幸福を噛み締めたら、もう抜け出せない。ケラクは言外にそう言っているようだった。


仏教の浄土とは真逆の楽園。道安はこの空間をそう理解した。


仏教のロジックによって導かれた浄土とは真逆の、人間が本能的に考える、「無制限の幸福」そのもののような空間。


だからこそ、危険だ。幸福は、必ず苦しみに反転する。幸福が無制限であるなら、苦しみも無制限になってしまう。


「……際限ない幸福は、際限ない苦しみを生みます」


「だから、その苦しみを魔王様の奇跡が取り除くのだ。この空間に居る者の安らかな表情を見ればわかるだろう。そんなお伽話のような奇跡が、幸福が、今ここに実現していることを」


「しかし、死は……死は必ずやってきて、別れが必ずそれを反転させます」


ケラクは一瞬黙り、そして諭すような表情で続ける。


「……死すらも、魔王様の奇跡が超越するとするなら? もし、死んでもやり直せるとしたら、その苦しみは帳消しになると思わんか?」

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