前室
道安はケラクに案内され、魔王城の中心部を歩いていた。
「魔王様直々に、貴殿とどうしても会いたいと命令に近いリクエストがあった。既に説明した通りだが、これから魔王様の過ごす王室に謁見して頂く」
「私としても断る理由がありません。坐る準備はできています」
「……そうか」
最も高貴な存在に会うというのにまったく調子が変わらない道安。ケラクは呆れ半分、予想通りという謎の達成感半分で生返事する。
しかし、一見調子の変わらない道安は、ここに至るまでの魔王城内部を見て、様々な考えを巡らせていた。
城の中心部に向かう最中、いくつものベッドが並んだ巨大な部屋で、何人もの傷病兵が治療を受けているのを見た。そして、いくつかの棺も。
「……」
かつて両足を失った兵の姿を見たことはあったものの、道安にとってこれはより克明な光景だった。
自身の命という最も執着してしかるべきもの。それを放り投げなければならなかった者が、確かに目の前にいた。
「……実際に傷付かれている方々は、そこまでして魔王を信仰しているのでしょうか」
「そうに決まっているだろう。と、言いたいところだが、まぁ忠誠心半分、自分の都合半分といったところだろうな」
「私にはよくわかりません。仏法は自己への執着を解き放ちますが、それはより大切なものに捧げるためではない」
「宗教者ならすんなり分かると思ったが、やはりその仏法というものは我々の常識から遠いもののようだ。しかし、確かに自分の命より大切なものが、この世にはあるのだ」
ケラクは振り向かずに道安の前を歩く。そろそろ城の最も高い、おそらく王室が近い。
「しかしな、我々の常識を知れば、貴殿にもわかるはずだ」
長い階段を登りきって出てきた、この世界で見た最も大きい扉。不信心者でも跪きたくなるような威厳を放つ扉が、ケラクの合図により開かれる。
「魔王様へ謁見する前に、貴殿に見せておきたいものがある。ここは我らのまだ小さな楽園ーー魔王様の奇跡が及ぶ『前室』だ」
ケラクに続いて扉をくぐった道安は息を飲んだ。玉座を中心とした巨大な空間が広がっているのかと想像していたが。
「これは……」
「話し声程度なら気を遣う必要はない。どうせ、誰も聞いていない」
塔の最上階のほとんどを使った、石造りの巨大な空間。
そこに無数の天蓋が並んでいた。
半透明の布が天井から吊るされた、その天蓋の中身はよく見えないものの、ベッドではなく二対のソファが向かい合っているように見える。
ほかのものは一切なく、ただそれだけが繰り返し並んでいた。
そして、その天蓋のいくつかには、誰かが二人一組で向かい合いながら座っている。誰一人、声を出すこともなく。彼らは微動だにせず、静かに座っていた。




