坐るしかなかった
「シンペー、めっちゃホージョーサンに感謝していたよ。おかげで、ただの政略結婚の相手じゃなくて、とりあえず『友達』になれた気がする」
「それはなによりですが、感謝するなら私にではなく法に対してですよ。伝えるのは私でなくても良いんです。だから、私がいなくても、二人で坐れば良いとおもいます」
「さびしーなホージョーサン。こんなにカワイイ女の子が同郷のオトコに取られちゃうよ?」
「私はただ坐るのみです」
「そ〜ですか一生坐ってろこのハゲ〜」
「いつか言おうと思っていましたが、これは意図的に剃り上げているだけですし、人の見た目を揶揄するのは王女以前に人としてどうかと思います」
「ゴメンて〜」
微笑を崩さず全く怒っていなさそうなホージョーサンをからかいつつ、楽しい雑談の時間は過ぎていく。
「ホージョーサンはなんで僧侶になったの? 僧侶じゃなかったら絶対にオとしてやったのに……」
「これは危ないところでした。……一言で言えば、死ぬのが怖かったからですよ」
「ほんとにそれだけ? なんかもっと色々ありそう」
「そんなところですよ。人より、死について考える時間が長いだけ……それだけの、違いです」
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まだ道安が道安でなかった頃。
「死」について興味が尽きなかった彼は、宗教問わず様々な宗教の死生観を学んでいた。
興味といっても、好奇心とは程遠い、もっと切羽詰まった、暗い衝動。
誰にも相談できず、いや、誰に相談しても答えの出ない問いに、頭を絞っていた。
そんな中、奇跡が起きる。
「好きです! 付き合ってください!」
偶然席が隣になり、度々会話するようになった女の子。彼に、断る理由はなかった。
等身大の学生らしい、幸せで甘酸っぱい日々。いつのまにか、彼が「死」について考える時間は激変していた。
(これが、幸せになるってことか)
学生なりに、人生の真理に気がついた気がした。この幸せのまま、人は自然と死んでいくのだろう。と。
三ヶ月が経った頃。彼女は「ごめん、他に好きな人ができちゃった……」と、突然彼の元を去ってしまった。
彼はショックを、最近学んだ仏教に丸ごと押しつけた。そして、彼女の気持ちも諸行無常 、自分がもっと彼女に執着する前でよかったじゃないか、と自分を慰めた。
そして五年後。その乗り換え先の現夫との間にできた第一子が、流産してしまったと風の噂で聞いた。今度は冗談でも流せなかった。
もし、あのまま彼女の心が変わらずに、結婚したのが自分だったら。
そして、自分の子供が流産してしまったら。
自分の血を分けた水子 と、それに縋りつき泣く彼女を目の前にしたら。
彼は、忘れかけていた、切羽詰まっていて、暗い、あの衝動を思い出した。そして、それに取り憑かれた。
さらに一年。全てを兄弟に任せ、気がつけば彼は出家していた。
実家が寺ではないのに、家族には迷惑をかけたと思う。
しかし、彼にはもう、これしかなかった。今でも確信している。
大昔、ごまかさずに同じことを考えていた人が居た。それを命懸けで日本に伝えてきた人が居た。結局答えは得られなかったが、同じことを考える人が確かに居た。
今、道安は彼らの開いた教えの下に坐っている。
たとえ、世界が変わっても、彼は今後も「坐る」ことに賭け続ける。
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「死ぬのが怖かったから」――また、その一言だけを聞かされた私は、その先を何も知らない。それでも今日もホージョーサンの隣に坐っている。




