生者の戒名
嬉しそうに了承した夫婦から離れて、道安はしばらく考え込む。
そんな道安に、護衛騎士は声をかけた。
「大役じゃないか」
「そうですね……」
「すまん、考え中の邪魔をするつもりはないんだが……」
「いえ、実は頭の中にすぐに浮かんだ名前がありまして。でも、それでいいのかな、とちょっと考えていただけです」
ほのかな苦笑いをうかべて、道安はつま先で土をかきながら続ける。
「……私の宗派、いえ宗教は、故郷では故人との別れを司りつつありました。一般には死者を扱う宗教として認識されていたでしょう。故郷では死者に新しい名前を付ける風習があって、その機会を頂いたことも少なくありません」
「……」
「しかし、本来仏法とは、生きる人間のためのものです。その死者に付ける名前も、本来は生きている内に仏の弟子になるために授かる名前なのです……ですから……故郷でできなかった本懐を、この世界で遂げられるのか嬉しくて」
----
紫安。それが、道安が赤ちゃんに付けた名前だった。
「シアン……シアン、うん、うん」
いとおしそうに赤ちゃんの名前を呼ぶ村娘。彼女の表情は、とても優しく、幸せそうに見えた。
「『あん』の部分はおそれながら私の名前から付けさせていただきました。『やすらか』や『おちつく』といった意味を持ちます」
道安は、地面に棒を使って、漢字を書き始めた。
「『紫』は色の名前で、私の故郷で最も高貴とされている色です。そして、私などとは比べられない立派な僧侶だけが身にまとうことを許された色でもあります」
道端に咲いていた花の色を指して、道安は続ける。
「また、しあん、という読みは別の言葉で深い青とされ、これは色の元となる三原色の色です。どんな色の人生を歩もうとも、高貴で素直な人として育って欲しい。そんな思いで付けました」
「……素晴らしい名前をありがとうございます!」
ちょっと涙ぐんで喜ぶ村娘。道安も、そんな彼女の表情を見て、嬉しそうに微笑んでいた。
----
「勇者殿の故郷の字は、何とも言葉にできないが、美しいな」
地面に書いた漢字を是非紙に転写して欲しいと父親に頼まれ、道安は紙に墨で名前を書いた。禅僧による見事な書体を喜んだ夫婦は、早速家の壁の高いところに紙を飾っていた。
「私がたまに口ずさむお経もあの字で書かれているんですよ」
「音で覚えるのも大変だが、あの複雑な字が続くと考えると、それもまた大変そうだな」
「実際苦労しました。でも、例え意味が分からなくても、口ずさんでいる内に覚えてしまうものですよ」
「そういうものか」
「そういうものです」
二人で、村を後にする。もうすぐ、王城が見えてくることだろう。
「お経も、名前も、たくさんの人が口にしてくれれば、それだけで尊いものです……たった二文字でも、幸せに唱えてくれる『名前』をつけられて、本当に……嬉しく思います」
「……大きくなったら、一緒に坐ってやらなければな」
道安は、いつものほほ笑みよりも、もうちょっとだけハッキリとした笑顔を浮かべていた。
「えぇ、もちろん。とりあえず一緒に坐るつもりです」




