僧侶冥利につきます
結局いつも通りの修練と、いつも通りの坐禅を終えた。
その後、華やかながら野菜だらけの夕食を頂き、久々の風呂を満喫し、後は寝るだけの状態になった。
「大丈夫か? 勇者殿。はた目から見てもショッキングな展開だったと思うのだが……」
あてがわれた寝室で、護衛騎士は道安に声をかける。
「強がりでもなんでもなく、良縁を紡いだ一端になれたことは純粋に嬉しいことです」
「まぁそうかもしれんが……一度は自分を好いてくれた娘が他の男とくっつくって……こう……あれじゃないか?」
言葉を選びながら、護衛騎士は遠慮がちに尋ねる。
「執着は我々がもっとも遠ざけるべきものです……とはいえ」
道安は天井あたりを見つめながら、少し考え込む。
「もし彼女と歩んだら……と考えないといえば、嘘になります。思いを手放すことはできても、湧き上がる思いはなかなか押さえつけられないものですからね」
「そりゃそうだよな」
護衛騎士も独り身なので、そのシミュレーションには深く共感する。すれ違っただけの美人を見て、「もし護衛対象が僧侶じゃなくてこの娘だったら……」なんてバチあたりなことを考えてしまったのも一度や二度ではない。
「子どももできて……私は、その未来ごと、人との関係を捨てて出家した身ですから」
「出家って言うのは、人との関係を捨てなければならないものなのか」
女神教では清い人間関係が推奨されるのはもちろんだが、婚姻まで制限されることはない。むしろ、結婚して子どもを持つことは、なんとなく推奨されているまである。
「地位や財産から離れる、といのは理解されやすいと思いますが、そもそも我々の言う出家は恋人、子、親との関係すらも執着として捨てる覚悟で望むものです」
「そこまでして……正直、よほど強い動機でもなければ選ばない道だと思うぞ」
「普通そうだと思います。私の故郷では、家業として出家する人間が多数派でしたから。でも……少数派だからこそ、『普通』の人として生きていたらどんな人生なんだろう……って思います」
「……」
「とくに、子どもなんて生まれたら、きっと人生の中心になってしまうんでしょうね」
「……そうだな」
坐禅を教えてきた小さな子どもたちだってある意味子どもみたいなものだろう。護衛騎士はそう言いかけて、やめた。
「まぁ、想像したところで、私は私の生き方を曲げるつもりはありません。私の人生は私の人生。彼女が、いい人を見つけて娘にまで恵まれ、幸せいっぱいなら、私はただ祝うだけです」
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「あと一つ、道安様に頼みたいことがあるのです」
歓待の席の翌朝、暁天坐禅を終えて一緒に朝食をとった後。そろそろ出発前の準備を始めようかというタイミングで、村娘が道安に声をかけた。
「なんでしょうか? 私が今朝披露したお粥のレシピでしょうか? あれはですね……」
「あはは、それはまた後で聞くとして……」
横にいる旦那さんが抱える赤ちゃんを見ながら、村娘は続ける。
「この子の名前を、是非道安様に付けてほしいのです。私達が出会ったきっかけでもありますが、道安様はこの村に様々な縁を結んでくれました。そんな道安様からこの子に名前という縁を頂きたいのです」
「……」
道安は、珍しくまばたきを何度か繰り返し、少しの時間を置いてから答えた。
「……ありがとうございます。僧侶冥利につきます。ただ、そんなにすぐに付けられるものでもありません」
「もしよろしければ道安様の名前の一部を頂けますか? 道安様のような立派な娘に育って欲しいので」
「……出発の準備をしている間のわずかな時間でよければ、精一杯考えさせていただきます」




