セルフ洗脳マシーン
隠密部隊からの報告書を読む限り、勇者は明確な行動を起こしていないようだった。
気になる点と言えば、看守と料理番が勇者と幾分親しそうに話していることくらいだろうか。
敵国の人間とは言え、直接的な害を魔王国に与えていない上、変人ではあるが受け答えは丁寧。
自身に与えられた牢を妥協なき掃除で磨き上げ、出てくる粗末な食事も文句を言うどころか料理番を褒める始末。
近くに居ると自然と親しくなるのは分からんでもない。
しかし、彼らは一度も坐っていないし、日々の仕事も変わりなくこなしている。わかりづらいだけかもしれないが、洗脳されたような兆候は見られない。
(そもそも勇者の目的はなんだ……?)
ケラクには、いまだ道安という異物の正体が掴めずにいた。
人間だろうが魔族だろうが分け隔てなく接する、目的なき人格者なのか。
それとも、魔王軍の「頭」に値する魔族との接触まで何もせず牙を研いでいる狡猾な潜入者なのか。
(……これ以上試しても、なにも出てこなさそうだな)
自分で確かめるしかあるまい。
ケラクはため息をつきながら執務室を後にする。
いくら危険な存在かもしれないとはいえ、危険だと判断したら、そのまま牢に閉じ込めてしまえばいいのだ。
自分以外の魔王軍の主力をこの僻地には近づけさせないようにすれば、いかにこの男が強力な洗脳技術を持っていようと関係ないだろう。
それに、私自身は最低限の武力こそ持っているものの、殺し合いになれば自分より強い部下などいくらでもいる。 私に付き従うだけでない、聡明な後継者も何人か育てあげた。
知らぬ間に私が洗脳でもされていたら……その時は、彼らが私の首をはねてくれるだろう。それでいい。
「さて、審判の時間だ勇者殿」
ケラクは一人そう言って地下牢に向かう。
彼の信ずる神は魔王ただ一人だった。しかし、こういった諸々の判断に対する大部分の権限はケラクに委ねられている。
決して誇るべき権威ではなく、重大な責任を負う立場という自負を持って。魔王国におけるケラクはまさしく、神の代弁者だった。
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「しばらくぶりですな勇者殿。相変わらず壁に向かって座っているようで」
「お久しぶりですケラクさん。前回は急に去ってしまい申し訳ありません。私が見せた坐禅の作法は覚えてらっしゃいますか? 覚えてなくてもまたお見せするので大丈夫です。とりあえず坐りましょう」
「疑ってはいないですが、どう考えても前回とらえた勇者殿と同一人物のようですな。予想と違わぬ返事に恐怖すら感じる」
「自分で言うのもなんですが、私は本当に単純な男です。できることと言えばこうして坐ることぐらいです。でも、座禅は人生を賭けるに値する素晴らしいものであるという事実は疑いようもありません。あなたもまずは坐りましょう」
ケラクは両手を軽く上げ、苦笑いで頭を振る。こういう手合いに対し、遠回しに話を進めるのは悪手のようだ。
「単刀直入に聞きます。あなたは敵国であるこの国に何をしにきたのですか?」
「みんなと一緒に坐りにきただけですが」
「到底信じられないような嘘はよくないですよ?」
「本当です。人間だろうが、魔族だろうが、全員坐るべきです」
道安は本気で言っている。ケラクの目からも、彼が本気の表情をしているのは分かる。
(もしや、自身の洗脳能力で自分自身を洗脳しているタイプの能力者か……? ……読めてきたぞ)
突拍子もない仮説だが、筋は通る。
仮に、「長時間坐らせること」が洗脳の発動トリガーだとする。
さらに、「私は敵味方関係なく坐らせることが至上目的である宗教家」という洗脳能力を自分自身にかけたとする。
結果、彼は、「敵意ゼロで稼働する洗脳マシーン」となる。
あとは、なんらかの条件で彼本人の洗脳を解いてやれば良い。洗脳され続けている他の者は、彼の思い通りになる。
「読めたぞ。勇者よ。貴様、自身の技によって洗脳されているな? そして、我々にも同じ洗脳をほどこそうとしている。違うか?」
「言い方は気になりますが、あながち間違っていないですね」
「……は?」
「私が言うのを信じるより、実際に坐って確かめてみて欲しいのですが。確かに坐禅は心のありようを変えてしまうでしょうね。でもきっと、あなたにとってもよい変化だと思いますよ。ぜひ坐りましょう」
「……」
仮説がまた音を立ててくずれていく。ケラクは心の中で頭を抱えた。




