惰性で結構
「……あぁ、そうだな。ゴマを挽いて塩と混ぜている。……まぁ、当たり前のことだが」
「いえ、当たり前ではないはずです。単に用意するだけなら塩とゴマそのままを混ぜるだけになるはずです。しかし、あのゴマ塩は舌触りなめらかにするため、わざわざ挽いている」
「……」
「私も典座を度々務めたから分かります。あれは手間がかかる。すりこぎで力をいれず、ゆっくり一定のリズムで根気よくすりこぎ棒を回す必要がある。口にする者のことを考えていない料理人はまず最初に省くであろう作業です」
「……ただ、そう教わったから、惰性でやっているだけだよ……」
「いいえ、ただでさえ忙しいはずの軍の厨房でこれを省かず手間をかける。これは愛を知る者の仕事です」
「あぁもうこっぱずかしいなぁ! 勝手に妄想で語りやがって!」
料理番は大声で怒鳴ったが、道安は微笑を崩さない。一見ムカつく表情だが、だが、富豪や貴族が偉そうにシェフを褒めるような、そんな表情とはどこか違って見えた。
「……前回の牢でもこのゴマ塩が出てきました。これは、すごい典座が居るぞ、と囚人ながら思ったわけです。敵であるはずの私にあのゴマ塩が出てくる意味を、考えていたのです」
「ちげぇちげぇ! お前のご高説みたいに高尚な志で作っているわけじゃねぇ! 惰性だって言ってるだろ!」
「惰性で結構じゃないですか。重要なのは、手を抜くタイミングなんていくらでもあったはずなのに、あなたは日々それを止めなかった。日々、一心に料理をしていたのです。なかなかできることではないですよ」
「だー! うるさい! 明日からゴマ塩抜きだ!」
「それは困るんだが」
「看守も黙ってろ! 敵の味方すんな裏切者!」
げらげら笑う看守と、怒鳴る料理番。道安はただ微笑んでいる。
「惰性でも、凝り性でも。あなたは料理という修行を正しく遂行している。ここで私が出会った方々は、坐ってはくれませんが、皆一生懸命に今目の前の仕事に精を出している。素晴らしいことだと思います。坐ってはくれませんが。坐ればいいのに」
「また始まった……」
「とにかくです。あなたがなんと言おうと、あなたが一心に仕上げてくれた粥とゴマ塩。いつもありがたく頂いています。あれこれ指図したかったのではなく、その感謝を伝えたかった。それだけです」
「そーかいかーかいどーいたしまして! 明日は飼料レベルの豆だからな楽しみにしとけよ!」
「楽しみです。そういえば我々の宗派、というか国は豆料理が得意なんですよ。そのうち料理を手伝わせてください」
「そこから出られたらなガハハ! せいぜい楽しみにしとくわ!」
「えぇ、私も楽しみにしておきます。料理が終わったら一緒に坐りましょうね」
「うるせぇ勝手に言ってろ!」
料理番は大声で怒鳴りながらも、どこか弾んだ足取りで帰って行った。後に残されたのは看守と道安。
「……本当にただ、礼が言いたかったのか?」
「感謝を伝えたかったのは確かですが、本命は一緒に坐ってほしかっただけです。彼のような仕事をする方には是非坐禅を勧めたい。同夏だったらとても頼もしかったハズです」
「ドーゲ?」
「同じ時期に修行を始めた修行僧のことですね。ああもったいない一緒に坐りたい」
ブツブツ言いながら、道安はいつものとおり壁に向かって坐りはじめた。ここからは坐禅タイムか。
「……」
地下牢にいつもの静寂が戻る。
看守は、同期であり、腐れ縁である料理番の過去を思い出していた。




