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異世界禅僧はとりあえず坐る  作者: ホゲファイブ
魔王城編 ― 第二の矢
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奇跡の麻酔

「結構だ。その手には乗らぬぞ勇者よ。貴殿の切り札ばかり披露されるのも面白くない……少し、魔王国の素晴らしさを実感してもらおうか。体験型ミニツアーの始まりだ」


ケラクは看守に頼んで、道安を牢から連れ出した。


暗に脱獄は不可能と理解させるため、何重にも立ちはだかる扉や門番を時間をかけて通過させる。


やがて着いたのは、二人の男女が坐っている部屋だった。


男の両足は既になく、切断面にはまだ血がにじんでいる包帯が巻かれている。


――二人の表情は、そんな現実などまるで存在しないかのように、安らかだった。


----


「突然すまないな。痛みはないか」


「宰相様。ありがとうございます。魔王様のおかげで、嘘みたいに幸せですよ」


両足の無い男は満面の笑顔で答えた。


そこには諦めもなければ、やり直しへの情熱もない。ただ、今の幸せを体現するかのような笑顔だった。


「夫が戦場に行ったのは、正直言って複雑です。でも、魔王様さえ居れば、何も気にする必要はありませんから……そちらの方は?」


妻の方も笑顔を絶やさないまま、道安の方を向く。少なくとも、敵であるはずの人間に対する嫌悪は微塵も感じない。


「……道安です。見ての通り人間ですが、お邪魔しています」


「魔王様の素晴らしさを見せてやろうと思ってな。我が国は人間だろうと差別せぬ。魔王様の恩恵を信じ、忠誠を誓うなら、同胞に違いはないだろう?」


「それは素晴らしい! 道安さん、私は見ての通りですが、それでも痛みを感じず、幸せでいっぱいです。どれもこれも、魔王様のおかげなんです!」


「……素晴らしいことです。『魔王様の奇跡』は、あなたの痛みを『解決』したのですね」


「その通りです!」


男は本当に嬉しそうにうなずいた。妻もとても嬉しそうで、ケラクも満足げにうなずく。


道安も、素直にほほ笑みを浮かべていた。


部屋に居る全員が、笑っていた。


----


牢へ戻る道すがら、先頭を歩くケラクは振り返らずに問う。


「……どうだ、三代目勇者よ。これが魔王様の奇跡だ。貴殿が坐っている間に、魔王様は多くを救っているのだ」


「……お世辞抜きで、本当に素晴らしいと思います。彼らの痛みは、確かに消えている」


道安から見えないケラクの口角が上がる。大変素直でよろしい。


「その通りだとも。だから貴殿も魔王様の下に……」


「しかし、『魔王様の奇跡』は麻酔ですね」


想定通りになりかけていた思惑に水がさされた。


ケラクはあからさまに眉をひそめ、反論を試みる。


「麻酔? 一時しのぎだと言いたいのか?」


「痛みは確かにやり過ごせたかもしれない。しかし、苦しみは消えないままです。奇跡で覆い隠しているだけです」


「……ならば、ずっと覆えば良いだろう。どうせ、魔王様なら失ったものも――」


ケラクははっとして口をつぐむ。


全てを説明しなくとも、坐禅などというものより魔王様の奇跡が優れているのは明白である。


納得しないのであれば、分かるまで放置すれば良い。


「……」


道安は、それ以上問い返してこなかった。再び道安が牢に収監される。


「今は分からずとも良い。じっくりと理解すべきこともある、というのは宗教者である貴殿なら共感できるだろう?」


ケラクは最後にそう言い残して、牢を後にした。


ケラクが振り返って見ると、道安は既に壁に向かっている。


存在感の無い男は、まるで風景の一部のようだった。


(少しずつ、魔王様の奇跡を理解させ、こちらの手駒にしてやろう。……武力は全くない。万に一つも、脱獄の可能性はないはずだ)


宰相らしい長期的な視点で、ケラクは今後の絵を描く。


敵国のトップを懐柔している三代目勇者を、ゆっくりと魔王国の一員にしてやろう。


焦る事はない。この牢が破られたことはない。


いかに存在感がない男でも、明日は変わらず、牢に繋がれているはずなのだから。


----


次の日、牢から本当に道安が消えたと聞き、ケラクは死ぬほど焦った。


ちなみに、教皇づてに道安の誘拐を知った女神が、慌てて道安を自分のもとに呼び寄せたのが真相である。


「教皇の祈りがめちゃくちゃ心配そうだったんだからね! 全く感謝しなさい!」


「ありがとうございます。正直安心しました。ついでに坐りましょうか?」


「疲れたから後で! それとほうじ茶おかわり!」


「はいはい」


ちなみに、この一ヶ月後、紆余曲折があって、道安は再び捕らえられることになる。

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