道安、囚われる(一回目)
あまりにもスムーズな誘拐劇から目覚めた道安はしばらくぼーっとしていたが、だいたい状況を把握したあたりで坐禅を始めようとした。
しかし、見るからに地位の高そうな男がこちらに向かってきたので、流石に挨拶くらいはしようと坐相を解いた。
「お初にお目にかかる。三代目勇者。私は魔王国の宰相と務めている、ケラクという者だ。長い間か短い間かは貴殿次第だが、よろしく頼む」
「初めまして。道安と申します。女神教に連れて来られた人間ですが、仏教という宗教の僧侶として修行させていただいております」
「勇者は女神教の女神によって召喚されるとはいえ、特に信仰を持たない例が多いと聞いたが……仏教とは恥ずかしながら初めて聞いた宗教だ」
「私のもといた世界では世界三大宗教なんて呼ばれていましたが、人口で言えば三番目ですからねぇ。もっと流行ってくれれば良いのですが」
「ハハハ。どのような指針、体質を持とうとも、自らが所属する集団であれば長じることを願うものよな。ところで道安よ、随分落ち着いているようだが、これから自分がどうなるか気にはならんのか?」
ケラクはトーンを変えずに尋ねた。勇者を捕らえたと聞いたときは、さてどのような噛みつかれ方をするのかと思っていたが、この三代目勇者はまったく動じないようだ。
「気にはなりますが……今気にしても意味がないかと。なので、いつも通り坐っています」
「ほう、つまり取り乱さずただ座っている。それが今できるささやかな抵抗というわけだな?」
「いえ、普段から私は坐ってばかりいますので……いつもと変わらないかと思います」
「またまた強がりおって」
言葉ではそういうケラクだが、事前に看守に聞いたところによるとこの男、本当にただ座っているか掃除をしているだけらしい。
しかも、誰もみていないようなタイミングでこっそり様子を伺っても、まるで動く気配はなく、まるで牢の中にだれも入っていないかのような存在感のなさだという。
「まぁ、結論から言えば、貴殿を煮るなり焼くなりする予定はいまのところない。二代目勇者ならともかく、貴殿はこの魔王国に被害らしい被害を与えていないばかりか、同胞一人殺めていないというからな……いくら敵国の象徴的存在であれ、刑に処するのであれば、それ相応の理由がなければならないだろう?」
「私は断頭台に送られるわけではないのですね」
「そうだ。なんだ安心したか」
「それはもう」
「素直なやつだ。本当に宗教家なのか?」
「修行に励んでいますが、やはり逃れられないものに対する恐れは消えないですね。まだまだ修行不足です。たぶんずっと修行不足ですが」
「ククク、今世の勇者は随分と個性的な者が多いようだな……個ができることなどたかが知れているが、貴重な勇者枠を使って、なぜ自信のない宗教家などよんだのか」
「同感です。私にできることなど、せいぜい坐ることだけだというのに。ところでケラクさん。坐ることしかできない私が仮に敵国のトップであるあなたに会えたのもおそらくは仏縁。あなたもとりあえず坐りましょうか」




