道安、捕まる。しかも二回。
道安は牢屋でいつもと変わらず坐禅をしていた。ここには坐布も畳もないが、粗末ながらベッドもあったので、なんら問題ない。広さで言えば修行時代、自身に割り当てられた一畳よりも何倍も広い。
「……」
「……」
看守も親切なもので、よほど急ぎの要件でもない限り、一炷が終わるまで話しかけないようにしてくれている。
「……」
「……」
彼は間違いなく、魔王城始まって以来、最も存在感のない囚人だった。
そして、二回目、わざと捕まりに戻ってきた、初めての囚人でもあった。
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看守の魔族は初めて道安が牢屋にぶち込まれた日のことを思い出す。
ボロボロの姿ではあったが、特に怯えた様子もなく、ただ静かに壁に向かって座っている男。最初は心を落ち着けようとする彼なりの儀式だと思っていたが、それにしてはあまりにも動かない。
看守である自分のほうが沈黙に耐えかね、「大丈夫か? なにか必要なものはあるか?」と尋ねてしまった。
この者は特別大切にしろとは聞いていないが、明確に罪人と聞いてもいない。
もちろん、提供できるものに限りはあるが、看守権限で現実的な範囲のものであれば、用意くらいはしてやろうと思ったのだ。
「……」
「……(反応なし、か)」
反応がないことにいらだちもしない。牢屋に入った直後の囚人にはよくあることだ。一時的に口がきけなくなっている者だっている。
「……」
「……」
「……お気遣いありがとうございます。では、雑巾と桶を頂けますか?」
「……雑巾と桶……?」
「はい。雑巾と桶を頂けますか?」
「……ちょっと待ってろ」
まさか、掃除でも始めるのか。いや、それ以外に思いつかん。しかし、提供したところで特に武器にもならないだろうし、自殺の道具にもならないだろう。雑巾と桶なら、面倒くさい掃除の仕事用としていくらでもある。
看守は雑巾と桶を用意して牢屋に持ってきた。
「……これでいいのか」
「はい、ありがとうございます」
本当に掃除を始めた……俺のご機嫌とりか? もしくは極度の潔癖症なのか。
しかし、表情は変わっていないものの、彼はまるで囚われたての囚人とは思えぬキビキビとした動きで便所の掃除を始めた。
「……」
まぁ……いいか?
脱獄しようとして床か壁に穴を掘っているわけでもない。いつも通り、たまに様子を見て、変なことをしていないか確認するくらいでいいだろう。
「……」
「……」
そして三日も経った頃、彼の牢内は牢と思えぬほどの輝きを放っていた。この薄暗い空間で、どこから光源があるのかと思うほどだ。看守用の便所より綺麗なんじゃないか? あれは……
「……」
「……」
この男、道安という名前らしいのだが、こちらから話しかけないかぎり何も聞いてこず、大抵壁に向かって座っているか、掃除しかしていない。
食事の前と、早朝(ほぼ深夜だ)に何かブツブツ呪文を唱えているが、魔法感知器はまったく反応していないので、魔法の類ではなさそうだ。
「……」
「……」
こいつ、本当にここに存在しているのか? もしかしたら俺は高度な魔法かなにかで幻を見せられていて、こいつは既に脱走済なのではないか?
「……」
「……」
「……あなたも坐ってみますか?」
「シャベッタ!?」
「うわっ。びっくりしました」
「……驚いたのはこちらのほうだ」
道安の声は柔らかく静かだったが、あまりにも無音に慣れすぎていたため、突然の声に看守は心臓が止まるかと思った。高度な暗殺スキルだったのかもしれない。残念だったな。
「……座るって、その、壁に向かってやっているやつか?」
「はい。これは坐禅と言います。我々の宗派を代表する修行ですね。とはいえ、仏法に帰依していようがしてまいが、坐禅を体験していただくのは歓迎します。続けてくれるのは大歓迎です。職務中とは思いますが、とりあえず坐りましょう」
「……」
けっこう喋るやつだ。あれか、自分の好きな物事になると急に早口になるタイプか。ちょうど料理長のやつみたいな。
「……仕事中だからな。遠慮する」
「では口頭で説明しますので、興味があったら自分でやってみてください。まずは足の組み方ですが……」
道安はこちらに向き直ると、勝手に自分の身体を使って説明し始めた。
見張るのが仕事なので、看守は道安を眺めてはいた。眺めてはいたが、一体なんだこれ?
この仕事に就いてから、看守は初めて抱く感情に戸惑っていた。




