女神廟
いつからだろう。「確かに存在するはずの女神」が単なる「女神教という宗教装置の根拠」になってしまったのは。
魔王が現れるとき、勇者を召喚すべく、女神が現れる。
聖典の中でも序文に含まれるこの一文は、「あなたにとっての困難という名の魔王が立ちはだかっても、あなたは女神によって勇者に生まれ変わりますよ」といった解釈が一般的だった。
あったかどうか分からない古い時代のおとぎ話を、無理やり現代の我々が生きるための応援歌にしているような。
しかし、女神が曖昧で遠い存在だったからこそ、頼るべき絶対的存在だと信じられていたのだと思う。
やがて、本当に「魔王」を名乗る存在が現れ、同時に今まで息をひそめていたという「魔族」という亜人が現れた。
彼らは何時の間にか人類が未踏だった地の広い部分を占領し、くだらない小競り合いをしていた国々はまとまざるを得なくなった。
魔王の出現に対する人類の反応は皆一様だったが、女神教の面々だけは違う反応をした。いまこそ伝承の通りなら、「女神」が「勇者」を召喚すべきときだ、と。
そんな最中、教団に持ち込まれる大小様々な問題を解決し、嫌でも清濁併せ吞んできた私は、気が付けば教皇としての地位を得ていた。
誰よりもまっすぐと自負していた信仰心によって得た人脈と、それによって鍛えられたコミュニケーション能力が、皮肉にも出世へ最大の武器となった。
「私の代で勇者召喚の奇跡を実現できなかったのは心残りだが……正直言ってほっとしている。この儂には背負えぬほどの重責だからな」
「なにをおっしゃいますか教皇……あなたにとって重責なら、私などに背負えるものではないでしょうに」
「ほっほっほ。その呼び方はよさんか。教皇とは既に君に譲ったじゃないか」
「本音を言えば、まだ誰かによりかかっていたいですよ……教皇になったら、いよいよ女神様しか寄る辺がない」
「……女神様にしか寄る辺がない、か。それは女神教としてなにも間違っていないじゃないか」
先代は朗らかに笑いながら、私の前を歩いている。引継ぎもあらかた済んだ今、「最後の引継ぎ」として、普段閉ざされている通称「女神廟」へ先代自らが案内してくれるとのことだった。
教団内でもごくごく限られた者しか存在を知らず、勇者が召喚されるとされる場所。意外にもそれは教会本部ではなく、王城の地下にあった。
確かに、そんな場所があると知った不届き者は教会本部を探るだろうし、仮に王城にあると分かっても、人類圏で最も侵入しづらい場所だろう。
そんな場所に何があるのか。畏れ半分、興味半分といった気持ちを持ったまま、何重にも閉ざされた最後の扉を先代が開けたのを眺めていた。
「では、今から君は、この『女神様』を寄る辺としたらいい」
その簡素な祭壇の上には、ただ寝ているように見えて、まるで血の通っていない少女が横たわっていた。




