第36話 思考が読めない
「方法は違いますが、女神様にお祈りしたときと同じような清々しさを感じます。こういった小さい感情のプラス効果は、積み重なれば無視できないことです。きっとあなたの信仰する神も、このようなささやかな恩恵を恵んでくださるのでしょうな」
「いえ、我々の持つ仏法では特定の神を信仰することはありません」
「……『神』、という名で呼ばれていない、ということですかな?」
「釈尊や、釈迦牟尼仏と呼ぶ対象を信仰します。しかし、絶対的に従う対象というより、我々の教えを最初に開いた師、として尊敬する対象です」
「……ではあなたは何にひざまずき、赦しと救いを得ているのでしょうか?」
「ひざまずくというニュアンスとはやや違いますが、拠り所にするという意味であればなんらかの存在ではなく、あくまで『法』ということになるでしょう」
……それは宗教なのか? 私はこの男を宗教家、もしくは詐欺師だと判断していたが、法を拠り所にするということは、法律家か裁判官のような者なのだろうか?
「法に依る、ですか。それでは、我々の祝詞とは比べものにならないほど、大量の書を勉強しなくてはなりませんね」
「確かに経典は大量にあります。私の世界における他宗教よりも種類は膨大でしょうね。しかし、我が宗派では、なにより坐ることを重視します」
法に依るのに最も重んじるのが坐るだけ……? 真逆ではないか。それともこの男、私の理解に追いつかない超越の先が見えているのか?
「いやはや……私の不勉強が原因で、なかなかに理解が難しいようだ。より詳しく説いていただければ、分かるのかもしれないが」
「言葉や経典で語る立場はありますし、否定しません。しかし我々の宗派では、言葉で説明できることに限界がある、といった立場です。だから坐るのです」
……「交渉」するまでいかずとも、三代目勇者が何を考え、どのように二代目勇者を動かすのか、今日掴むつもりだった。
われわれ教団にとって問題ない方向であれば、無理に事を荒立てる必要はなし。
問題があっても、我々がとりこめるようなら、思想を誘導して教化。それが叶わず、神託が『純粋すぎる』場合は――最も過激な選択肢を取らざるを得ないだろう。
そのためにも、彼の「思想」はぜひとも明らかにしておきたかった。しかし、思ったより「読めない」。
思い切って最も過激な選択肢をとるか? いや、リスクを冒すには早い。急がず、今日は一旦引くか――
そんな思いを巡らせていると、彼が突然言った。
「ところで、あなたがたは『人間による統治と繁栄』に重きを置いていると女神から聞きました。これは女神教として間違っている、とは本人の弁ですが、部外者たる私にどうこう言えることではありません。しかし、それが『反するものを屠る』ことに繋がるのであれば、それは少なくとも仏法とは相容れないものです」
――どうやら、穏便な選択肢は取り難いようだ。私は貼り付けた笑顔を崩さぬよう、彼に続きをうながした。




