消えない雨跡
「……と言いますと?」
「女神教本来の教え……それは生きとし生けるものの安寧です。これは私自身の願いでもあります。しかし、今の女神教は明らかに『人間による統治と繁栄』に重きを置いています」
「……元が素晴らしい教えでも、時の流れと組織の隆盛によって変質してしまうのは……私の故郷でも同じでしたね」
「……あんまり反論できないです」
ちょっとしょんぼりする女神。
我が宗祖も故郷を見たら……案外このようにしょんぼりするのかもしれない。いや、むしろ怒って解散を迫るか?
「だからこそ、私のような異教徒には特に厳しい対応をとるかもしれない、ということですか」
「反するものは即粛清、というほど過激ではないハズですが……」
女神の不穏な言葉を聞いた道安の脳裏に、かつて歴史の授業で習った宗教戦争の事例が浮かぶ。
記憶に残る黒板の残像はおぼろげだが。
掲げられた生首に沸く民衆の西洋絵画だけは、ハッキリと思いだされた。
「……私は断頭台に送られるのでしょうか」
「……いや、さすがにそんなハズは……」
女神のくせに口ごもるな。
珍しく心の中でツッコミを入れる。雑念に違いないので流す。
女神は汗を流しつつ、言葉を続けた。
「ま、まぁ、最悪危なくなったら、またここに呼べるので!」
「……」
「……ぅ、」
「……」
「……と、と、とりあえず坐りましょう!」
(……セリフをとられた)
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今悩んでもしょうがないことに悩むべきではない。
なぜか道安側がそうフォローして、二人は久々に坐禅を組んだ。
二炷ほど坐り、女神の心は落ち着きを取り戻す。
心配ではあるものの、道安はどんな難局でもやりすごしてしまうような気がする。
脅威を伝えても調子の変わらない態度もそうだが、彼の変わらない坐禅の型が、なぜか安心感を感じさせるのだ。
(そしてなにより、坐っていると、自分の中で大きかったものが、なんか小っちゃくなっちゃうのよね……)
直近の心配事も、昔からの悩みも、遠い遠い記憶も――
小さくなる代わりに、女神の中に様々な記憶が浮かび上がってくる。
ますます排斥主義に傾倒していく女神教の現状。
唐突に空洞が生じた彼らの祈り。
古すぎて、自分なのに別人のように思える、かつての記憶。
全てを、坐禅が優しく流す。
流しているが、消えたわけでない。
雨跡のように、ポツポツと、女神の心に残る。
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「……考えごとが、抜けませんか?」
坐禅を終えて、足をほぐしていると、道安が声をかけてきた。
「……考えてましたけど、全部どっかいっちゃいました」
女神は笑う。
しかし、道安の眼には、その笑顔は作られたものに見えた。




