旅立ち、の前に坐禅
「……とどのつまり、今世界は二つの陣営に分かれて争っている戦乱の時代であり、女神としてそれを看過できない。それを女神教という宗教の奇跡を通じて、特別な力を持った『勇者』を召喚し、解決したいと」
「はい。現在世界は『連合軍』と 『魔王軍』に分かれて戦っています。『連合軍』は人間で構成され、『魔王軍』は種族問わず構成されています。『連合軍』は人間だけとは言っても多数の国の連合軍です。その中心であるルンビーニ王国の女神教が呼んだのがあなたになります」
「……なるほど? そこで、連合軍のために戦うということでしょうか?」
「いいえ、勇者とは言いますが、あなたに頼みたいのは、ええと、主に先代勇者とか、迷えるその他もろもろを導いて欲しいとか、そんなところらしいです」
「らしいです?」
「ええ、ハッキリとした要望の形であがってきていないというか……ぶっちゃけ、先代勇者でほぼ解決、みたいになっているところを、その勇者によって生まれた問題をどうにかして欲しいというか……なんかそういう感じらしいんですよね」
そういう感じとは、なんといい加減な。そんなふわふわした理由で、なぜ私が呼ばれたのか。
「……いや、そうなった根拠を問うことこそ愚かというものでしょう」
「……はぁ?」
「なんでもありません。では、この後私はどうなるんですかね」
「あ、それはそこにある扉から出れば、勝手に世界へ転移できます。あなたの意思でここに戻ることはできませんが、必要であれば、私のほうから呼びますので」
「では、私がその扉から出なければ、私の意識がなくなったり、どこかに飛ばされたりはしないんですね」
「え、はい、そうなるかと思います」
「では、とりあえず坐りましょう」
「……はぁ??」
「正直、何を任されたのかさっぱり分からないのですが、あなたは役割を果たそうと精一杯頑張っている、しかしその『役目』に振り回されていることは分かりました。」
「はぁ???」
「私の持つ仏法によれば、あなた=神とは天部、つまりあなたなりの教えを護法する存在だと見受けられます。しかし、いくら天部といえど人とおなじく迷いの世界に住む存在。人と同じく、仏法に帰依すべきはずです。まずは坐りましょう」
「なんで????」
「誘導することはできますが、我が宗派は言葉で伝えられることに限界があるとする立場です。とりあえず坐りましょう」
「……『また』変な人来ちゃったよー……」
話疲れた女神は、とりあえず目の前の勇者に従うことにした。慣れない座りかたを強要されたうえ、背筋がたっていないと細かく注意される。何も考えないとか言われたけど、座ってなにもしていないと、いろんなことが頭に浮かんでくる。未来の世界のこと、今苦しんでいる人々のこと、「生前」のこと……
「雑念が浮かぶところまではいいのです。そのまま、それについて深追いせず、観察に留め、手放すようにしてください」
座りながら、開始前に言われたことを思い出す。そもそも従う理由もないのだが、思いのほか難しい注文で、できないのも不思議と悔しいので、言われた通りにしてみる。
……なんだか、ぼーっとしてきた。自分が解けていくような、この姿になってきたこの空虚な空間に、自分が消えてしまっていくような……
っとあぶないあぶない。この男の術中にはまるところだった。そうじゃなくて、今はこの男の要求をのんで、さっさと旅立ってもらうことが先決だ。
40 分ほど坐って隣の男が動きだし、ああやっと終わると思ったら、冒頭のように男は手を組んで歩き出した。……ついて来いってこと?
後ろを同じように、結んだ左手を右手で覆った手を胸の前にもったまま、ゆっっっっくり歩く。なんなんだろう、これ……。
だいぶ時間が経った頃、勇者は急に普通の速度で歩いたかと思うと、また壁に向かって坐り始めた。え、まだ終わりじゃない? もう一回坐るの?
今は我慢のときだ、と思い隣に座った私の想像を超え、勇者は一か月留まり続けた。有無を言わさず、隣に坐ることを強要された私は、何時の間にか役割とか自分とかどうでもよくなってきた。これが彼の言う解脱……?
「って、ちがーう!!!!!!」
「そうですね。悟りとは目指すゴールではなく、坐っている姿そのものが悟りなのです」
「そっちじゃなーーい!!!!!!」
私は勇者のケツをひっ叩いて光る扉に押し込んだ。
「なんですか、最近やっと見事な坐相が決まってきたのに。でも坐禅に良いも悪いもありません。大切なのは毎日続けることです」
「うるさい!!!! さっさと世界を救ってきてください!!!!」
「私ごときに世界なんて救えますかね……でも、もし世界を救うとしたら、それは人ではない」
なにかもごもご言っている勇者にお構いなく、私は勇者を扉の向こうに押し込んで、扉を閉めた。
「……それはあなたも持っている、森羅万象にある『仏性』。それに気が付くことそのものでしょう。とりあえずは坐り」
バタン!!!!
「……『とりあえずは坐りましょう』しか言えないの? あのハゲ……」
一か月強ためこんだ盛大な溜息をついて、女神は今回の勇者、道安が置いていった置き土産であるホージチャなる飲み物を淹れる。
全くどうなるのか分からないし、全く意味の分からない男だが、とりあえず悪人でないことだけは分かった。とりあえず、大きな悪影響はないのではないかと思う。
「あー疲れた……もう知ったこっちゃないよ、色々と……」
彼が来たことで、唯一明確なメリットであったホージチャをすする女神は、まだ知る由もない。
あんまり問題は解決しないにしろ、世界中、全人類のみならず、森羅万象が仲良く坐ることになる未来を。




