怪僧と女神
「喝ァツ!!」
山にいつもの喝が響き渡る。弟子たちはもう慣れたようで、誰も驚かない。
だいたいの人は、この「喝ァツ!!」は自分の話を中断させるためだけの、単なる掛け声かなにかと思っているだろう。
しかし、実際この「喝ァツ!!」には、もっと色々な意味がある。少なくとも、相手の話にもう用はないから自分の話を始める、そんな意図で発する言葉と私は捉えていない。
一般的に、この「喝」は「今ここ」に引き戻すための言葉だとしている。本当は四種類ほど意味があるのだが、今回はこの意味で叫んでいる。
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例えば、ここに来た最初に私へ指図してきた自称女神。
彼女は私が意識を取り戻すや、この世界は今危機に瀕しているだの、均衡が崩れてしまってはいけないだの、このままでは世界が滅んでしまうだの――そんな「立場役割ごとき」が話しているかのような話をしてきた。
十中八九彼女は仏門の人ではないだろうし、なによりここは修行場ではない。だから「世間話」として話を聞き続けるのが正しいかもと思ったが、いや、どう考えても「今死んだはず」と思っている人間にいきなり聞かせる話ではないだろう。明らかに順序を間違えている。
この場合悩んでいるのは女神ではなく私の方なのだが、だからこそ地に足のついていない女神の話に加え、私自身に対して「喝ァツ!!」と叫んだのである。
続けて、「世界とはなんぞや。均衡とはなんぞや。滅びとはなんぞや。それを理解して私に話をしているのか? 私の思うそれらと君が思うそれは本当に同一か? それが確かでないのに、そんな大きな話を始めるのか?」
禅問答がしたい訳ではない。切羽詰まっている人間というのは、たいてい重要な前提をすり合わせもせず、いきなり要求を並べ立てるものだ。
人から人へ伝えるものが禅であれ仕事であれ、まずは自身が何を伝えようとしているのか、その骨子が定まっていないと話に価値などない。
答えに窮していると見える女神に、私は再度「喝ァツ!!」と叫ぶ。
明らかに私に「怒られている」と思っている。そしてそれを弁明し、私をなだめるための言葉を探している。そうではない。私なぞどうでもいい。女神を「今ここ」に戻すために、再度叫んだのだ。
「自身が今言った『世界』『均衡』『滅び』とはなんぞや。どう関係するものか。私や君との関係は」
「……っ、ですから、この場合の世界とは、あなたが元々居た地球という範囲のことと思って貰えれば」
チリリリリン
私は手に持っていた鈴を鳴らした。おそらく一朝一夕で彼女がモノにした言葉を聞くことはできないだろう。
「何日かかっても構わない。何年かかっても構わない。今はまだその段階にないようだ。工夫三昧だ。熱中するとよろしい 。人を導くなら、言葉にできる程度の理解では足りないぞ」
そういって私は勝手に視界に入った台所へ向かった。女神のくせに、やたら生活臭のある空間だな。茶はどこだ。この草か?
「……」
「それはそれとして、話の腰を折って悪かった。もう止めないから、改めて要件を聞かせてもらえるかな女神様」
ついノッてきて雲水にするような問答になってしまった。しかし、女神は最初より冷静になっているようだ。今度こそ、女神が私に何を求めたのか、ちゃんと聞いてみようと思う。
「……あの、私があなたにお願いしたいのは――」




