既に救われていると気付いたら
「……!」
そのとき、俺はかつて兄さんが言っていた心の支えを、思い出した。 「大丈夫だ。お前が何を間違っても、どんな失敗をしても、お前を阿弥陀様は救ってくださる。救ってくれるからって悪行しないかぎり、どんな悪人と呼ばれようとも、大丈夫だ」 そして、それを救いではなく、悪行を正当化するための言葉だと解釈していたことも。
「世界を救いたいという気持ちは素晴らしいものです。しかしそれによって得られると知っている報酬、それらを望まない、身心脱落し基準そのものを手放したあなたは果たして同じように世界を救いたいと思えますか? 選ばれたという根拠もないまま、世界を救えるとなぜ言えるのですか?」
「……」
年甲斐もなく、涙がこぼれてきた。恥ずかしく、消えてしまいたかった。前世で引きこもっていたころよりも、よっぽど苦しかった。
「あなたの宗派では、煩悩を抱えたままでも阿弥陀如来様があなたを救ってくれるでしょう。救われたいと思った時点で、阿弥陀如来様はあなたを見捨てない。煩悩を抱えた悪人でも。しかし、開き直るのは違う。そこが聖人たるアホなハゲと、あなたとの違いです」
「……じゃぁ、どうすればいいんだよ……」
「……あなたの宗派に従うなら、まずは煩悩を捨てられない、愚かな自分を見つめることでしょう。第一、あなたの宗派が言う『善人』なんて、私は前の世界 ・この世界含めて見たことはありません。普通、全員仲良く地獄行きです」
道安は言った後、尊敬する師匠や老師たちの顔を浮かべて、あっヤベっ言い過ぎた。と思ったが、表情には出さないようぐっとこらえて続けた。
「……でも、阿弥陀如来様のおかげで、あなただってきっと自分を見つめられれば救われるでしょう。いえ、正しくはすでに救われていると気づく、でしたっけ」
親平の涙は枯れたようだった。しかし未だだ苦しみの中だろう。現世でこれを救うのは僧侶の仕事だ。
そして、救うなら、自分の専門技術で。
「しかし、どうすればいいですって? 私にそれを聞くのなら、答えは変わりません。とりあえず坐りましょう」
涙は枯れたものの、心の中がぐちゃぐちゃな親平に無理やり坐禅を組ませ、道安も隣で坐り始めた。本来坐るだけで、多くを語らない男なのだ。こちらの姿が本来の姿なのだが、よくもまああんなに熱弁したあとに、こんな枯れ木みたいな坐禅をするものだ。
親平は不格好な坐禅を組みながら、道安の語った基準そのものを手放した状態、身心脱落した自分をイメージした。煩悩が消えたかは分からないが、少なくともぐちゃぐちゃになった心は形を取り戻した気がした。




