裸足で畳を二枚抱え徘徊する男
次の日朝早くから討伐の予定が入っていったので、既に起きて畳を編んでいる道安さんはスルーして、戦場に向かった。
やっぱり剣を数回振れば終わる戦い。ファンタジーみたいな物理学的に怪しい衝撃波がなにもかも蹴散らすのを見て、なんで自分が自信を失っているのか分からなくなってきた。
そんなことする気はさらさらないが、道安さんに向かって同じように剣を一振りすれば道安さんを永遠に黙らせることができるだろう。
しかし、そんなことしてもなんの正しさにもならないことは分かっている。あくまで、道安さんの問いには俺なりの正義で勝たなくてはならない。それは少なくとも暴力ではないはずだ。
仏教の話に持ち込まれたら終わり。専門家に勝てるわけがない。
坐禅で勝つのも無理。超専門家に勝てるわけがない。そもそも勝ち負けとかあるのかあれ……?
そんなこんなを考えていると、道安さんが畳を二枚担いで、裸足でノシノシ歩いてきた。周りの兵士がドン引きしている。
「坐布があれば最高なんですが、残念ながら私にまだそこまでの技術はありません。とりあえず、これを敷いて坐りましょう」
「……今日はどのくらい坐ればいいんですか」
「とりあえず、一炷坐ったら、私は専門ではないんですが、『お話し』しましょうか。私の宗派ではひらすら坐るものですが、今日は多宗派さんのつもりで」
「……先に済ませばいいじゃないですか、そのほうが手っ取り早い」
「いやいや結果を焦るとろくなことにならない。これは私として譲れません。まずは坐りましょう 。それに……」
道安さんは俺の目をちらりと見て、少しだけ微笑んだ。そして言った。
「シンペーさん頭の中はだいぶ混乱しているようだ。『考えるのに最適な時間』として、最適な時間を差し上げましょう」
「坐禅って、何も考えないものでは……」
「騙されたと思って、今回だけでも私を信じてみてください。『よく考える』ことのコツは『何も考えない』ことです。目的を持たずに坐りましょう」
「??????」
これが禅問答ってやつか。時々変なことを言うおっさんだとは思っていたが、過去最高に意味不明なことを言ってきた。真っ向から違う意味だろう、それは。
二人して調身を済ませ、調息にとりかかろうとしたところで、珍しく道安さんがこのタイミングで口を開く。
「……ひとたび坐禅をすれば、どんなに強くても剣をふるうことはできません。そもそも敵もいなければ、もはや自分もいません。これを我々は『はからいから離れる』と言います。では『はからいから離れる』とき、心はなにもしていないのでしょうか。実はそうではない」
「……」
俺はただ、道安さんの言葉を聞いている。半分聞き流しているが、聞き流すのが正解なんだろ?
「身体を微動だにさせずとも、呼吸を止めるわけにはいかないように、心も感じることは止めることはできない……一般的には五感が人間の持ちうる全センサーですが、仏教は心もセンサーに数えられます……考えることはせずとも、感じるのです」
聞いても意味が分からないから、聞き流す。しかし、その言葉は何かを残していった気がした。




