求められたから、応えただけ
出家した兄が励ましてくれた言葉を、今でも覚えている。
「大丈夫だ。お前が何を間違っても、どんな失敗をしても、お前を阿弥陀様は救ってくださる。救ってくれるからって悪行しないかぎり、どんな悪人と呼ばれようとも、大丈夫だ」
俺は仏とかよくわからないし、正直信じちゃいないけど、昔から兄は間違ったことは言わない人だった。
転生する前、ひきこもり同然だった俺は、価値のない人生を送っていつつも、そんな兄の言葉を支えにして生きてきた。
----
自分で決められることにたいした意味はないなとつくづく思う。
いつもいつも。遠くから剣を振るだけ。それだけでバカみたいな衝撃波が出て、それで戦いを終えて。
帰ってきた俺は、飾りのような鎧を乱暴に脱ぎ捨てる。今日は一人でゆっくり寝ることができそうだ。
もうちょっと安全な場所に行けば、どこの誰かも分からない高貴そうな女の子が、ひっきりなしに尋ねてくるのだ。
前世でさんざんやったゲームの主人公のように、誰からも求められ、思うがままに貪れる「勇者」。
どんな幸福も三日で慣れると言うが、まさか身をもって知ることになるとは思わなかった。
「『あこがれの勇者様』、ねぇ……」
ついこの前会った女の子が目を潤ませながら言った言葉を思いだす。
転生前の俺と、転生後の俺はなにが違うのか。
チートで貰ったこの戦闘力。
そしてそれを必要とする環境。
これ以外、何も違いは無かった。
それなのにどうだ? この世界の俺は勇者だ。魔族をなぎ倒し、人々から感謝され、美しく若い女の子がいくらでも言い寄ってくる。
さらには戦後、勇者である俺は連合王国の王か、それに近い何かになるらしい。
実質婚約しているという第二王女とも何回か話をした。
まぁ、あっちは表面的仲良くしてくれているが、役割上仕方なく、みたいな雰囲気を感じるけど。
でもカワイイし、何も断る理由はない。
前世の兄貴曰く、俺は浄土とかいう楽園に行くとのことだったが。
「まさか浄土がまだ戦争中で、その戦争の英雄として祭り上げられるという意味だとは思わなかったな……」
戦争とはいえ怪我をしたことなどなく、人間性を削るような前世の労働からすればお遊びもいいところだ。魔王軍とは、俺をおだてるための舞台装置とすら思う。
しかし、俺以外のやつは、みんな汗と血にまみれている。
……仏教に詳しくなくても分かる。多分ここは浄土なんかではない。地獄か、修羅道とかいうやつかもしれない。
阿弥陀様は俺を救ってくれなかったのだろうか?
いや、むしろ死んでないのか?
(死ねば分かると思っていたけど……まさか死んでも分からないなんてね……)
地獄だろうが修羅道だろうが、俺は皆に賞賛され、求められている。
しかし確信していることがある。皆が賞賛し、求めているのは「俺」ではなく、「勇者」だ。
第一に女神がくれたチート、第二にこの世界における「勇者」という役割。
(……前世の富豪はきっとこんな気持ちだったのかな)
自嘲気味に笑う。
ただ、それでも気分がいいのは事実。
自発的に快楽を求めるという、無意識に引いていたラインは越えていないから問題ない。 俺はこのまま勇者を演じる。
異世界系主人公上等。
読者がいたらこっぱずかしいが、どうせ全員が全員、俺が勇者として振る舞うことを望んでいる。俺は快く応えるだけだ。
結論が出て一人でウンウンとうなずいていると、部屋の扉がノックされた。
「……お休みのところすみません、勇者様。つい先ほど、教育係を務める『新勇者』殿が到着されましたので、ご準備を……」
「……ああ、わかった。すぐに行くから、ちょっと待ってて」




