家出した王子の話と、二人で、同じ壁に向かいながら
「……じゃあ、私も、坐り続けるほうが、いいの、かな……?」
「いいと思います。私の世界では、少なくとも2500年変わっていない方法論ですから。いまだに誰も確実な説明はできていないけど、これだけ長い間親しまれてきたのだから、理屈よりも説得力のある何かが確かにあるのでしょう」
マショーダワは初めて自発的に、結跏趺坐を組み法界定印を結んだ。道安もそれに続く。
「……坐禅中は私語厳禁ですが、ここで余計な話を一つ」
「……えー、集中できなくなっちゃうよ、ホージョーサン」
「先ほど話しに出てきた、仏法を最初に考えた王子様ですけどね、彼は仏法を説きはじめる前、別の宗教に属していました。その宗教なりの良さは確かにあるのですが、彼はその宗教に反発しました。その宗教には『王として産まれたものは一生王である』という教えがあったからです」
「それって、つまり私みたいな?」
「そうです。彼はそんなはずはない、人を決めるのは血統ではなく行為だ、と。そう信念を持ち、全てを捨てていわゆる『家出』をしました」
「……えー、そんなこと言われたら、私も家出したくなっちゃうよー」
「できればすればいいかもしれません。でもできなくても、あなたが王らしい振る舞いをすればあなたは王だし、聖者になりたければ聖者の行いをすればいいのです。行為がその人を決める。彼はそう説いてるし、私もそう思います」
「……うーん、でも、家出しても、結局は王女であることは変わらないと思うんだよなー」
「それはあなたの妄想ですよ。現実でそうだから仕方ない、とあなたが思っているだけです。自己の根拠なんてないんですから」
「自己の根拠はない……か。何の解決になっていない気がするけど、心は軽くなったかも。ホージョーサン」
「言葉で伝えられる程度の簡単な薬ですが、効いたようならなによりです」
「えー、もっと効く薬だしてよー、ホージョーサン」
「私にそれをききますか? それはもちろん……」
「坐る」「ことです」「ことでしょ?」
二人は屈託のない笑顔でうなずきあったあと、壁の方を向き始めた。




