最も期待外れの答えを持つ宗教
「いいえ、仏法は死を解決できません。むしろ、私がもともと居た世界で、仏教が一番『期待外れ』の答えをしているとも言えます。無記。つまり、誰にも答えなど分からない、論じたところで無益ということです」
「そんなの薬でもなんでもない!」
「いいえ、病にかかったのなら、妄想で都合よく逃げることは許されません。天国に行くとか、前世で悪いことをした罰だから仕方ないと諦めることは麻酔としてなら効きます。しかし病を癒す薬にはならない。仏教は宗教ですが、現実を直視します」
感情が溢れだし、立ち上がったマショーダワを道安は優しく座らせた。侍女が近くにいれば侍女に頼んで座らせるところだが、気を利かせたのか見える範囲にはいなかった。
坐禅の形にまではしなかったが、怒りの感情は立ち上がる型が増長させる。道安はただ普通に座らせることで、マショーダワを落ち着かせた。
「……じゃあどうすればいいのよ……」
「全ての病に特効薬はありません。死には私のいた世界でも、どうやらこの世界にも特効薬がないようです。科学でも宗教でも。この世界には魔法があるようですが、この様子だときっと同じなのでしょうね」
「知らないわよ……薬でどうにかできるならどうにかしてよ……私は私のまま生きたいよ……」
王族やファンタジーに疎い道安だが、流石にだいたいの事情は理解できた。マショーダワは、おそらく王族であるがゆえに、生活、結婚、役割、そして死に方、そのいずれか、または全てが決められている。
この世界にはまだ疫病や飢饉が一般的だったのかもしれないが、少なくとも道安が元居た世界では、自らの命を否定したいほど追い詰められた者の苦しみは全て「人間関係」に端を発していた。この王女もそうだ。王女ゆえ、それらしい振る舞い、つまり人間関係を一生強要される。今はまだ多少の自由があるぶん、立ち位置が変わった後の人生は文字通り「死んだも当然」だと感じているのだろう。
「……結局これも『坐れば分かる』なの?」
「……そう言いたいところですが、坐禅は結果を求めるものではありません。それ自体が悟りの姿ではあり、あなたの人生に間違いなく必要と断言できますが、薬として用いるものでもない気がします」
「…………フフ、今まで言葉を言い切ってきたのに、自身無さげじゃん」
「私とて、全てを救う阿弥陀様にはとても遠く及ばないですから……これはよそ様の教えですが」
「道安弱ーい……」
「えぇ、私は弱いです。そもそも私が持つ教えは、他者に縋るよりも、自力でどうにかするための教えですから。これは一見強いように見えて、露悪的に言えば、自分をどうにか苦しみから救うのに必死だとも言えます」
「道安も病人?」
「ええ病人です。私だって死ぬのがとても恐ろしいのです。とても、ほんとにとても……だから、その逃れられない苦しみから自分を救いたくて『ひたすら坐る』ことを選んだのです」
道安は語りつつも、死について考えて眠れなくなってしまった子供の頃の夜を思い出していた。特に理由もなく、液晶で表示させた 200年後のカレンダー。その一つ一つの日付を眺めると、これらの時に自分はもう生きていないことがたまらなく怖くなってしまった。死んだらどうなるのか、永遠に寝ているようなものなのか、それとも天国か地獄に行くのか。
それが直接のきっかけではないが。結局道安は「問題」に憑かれたように、導かれるようにして出家した。そして、なぜかこの異世界に来てしまった。
目の前の少女が抱える「死」は疑似的で、他人事として考えるなら、まだ避けようのない問題ではないようにも思える。
しかし本人によって避けようのないその時は、まさしく「今の自分の死」だろう。未来のある時点のカレンダーの中に、既に今自由な自分は居ない。既に死んでいることが分かっているのだ。
「私は私を救うことで精一杯です。でもそれでも私が人に説き、坐ることを勧めるのは、私が確かに苦しみを『少しは』やり過ごせたからです」
「それは坐り続けているから?」
「えぇ、少なくとも私にとっては。何回でも言いますが、目的を持って坐っていませんけどね」
いつの間にかマショーダワの中で、勝ち負けはどうでもよくなっていた。いつの間にか、勝ち負けの問題ではなくなっていた。




