死んだあとってどうなるの?
そのまま何日か二人は只管に坐り続けた。
相変わらずマショーダワは、道安の説く理屈には懐疑的であったが、呼吸や姿勢を決まった型に押し込むことで、想像よりも心がその型に強く引っ張られることを自覚していた。
「……なんか、ちょっとだけ分かってきたかも」
「そうですか。どんなことが分かってきましたか?」
「なんか自分が自分でなくなる感覚というか、それを通して、ホージョーサンが言ってた、『あなたと他者を分けるのが不可能』っていうのが分かるんじゃないかなーって……」
「そうですね。坐禅を通して何か気づきを得たのであれば、それはきっとあなたにとって善いことです。言葉にはできないかもしれませんが。私の持つ仏法ではその『仏性』と呼ばれるものは始めから人間を含む森羅万象の中にあると言われます」
「仏性って神様?」
「いいえ、仏性は人や特定の存在ではありません。それは変化する世界の外に立っている実体ではなく、無常そのものの中に現れるものです」
「それが自己なんて存在しないってこと?」
「そうです、やっぱり飲み込みが早いですね。全てのモノは生まれ、やがて死んでいく。常に変化しているのに、なぜ絶対不変の『自己』が断定できるのか。坐った姿そのものがこの仏性を表すのです」
「うーん、なんか分かるような分からないような……って言うと、結局坐れってことでしょ?」
道安はほほえみながらうなずいた。
「その通りです。でも坐ることから離れてみましょうか」
道安は珍しく、坐禅ではなく正座に組み替えてこちらに向き直った。
「仏法には応病与薬という言葉があります。相手の得ている病や体調に合わせて、適切な薬を変えるということを意味します。我々が扱うのは本物の薬ではなく、教えですけどね。……これは私が賛同している解釈で、正確な仏法とは違うと想うのですが……そもそも、何の悩みも無い、身体は健康で、やること成すこと全てが幸せな人には、仏法は必要ないと思うんです」
「えー、じゃあ私は病人ってこと?」
「褒めるつもりではないですが、あなたは聡い。だからこそ、今が恵まれていると理解しても、過去の記憶から、未来が見える人間です。仏法を最初に考えた人も同じでした。彼は王族で、およそ望めば手に入らないものは無かった。死を避けること以外は」
「死……」
「あなたはまだ若いから、ことさらに死を意識することは無いかもしれません。しかし、あえてこじつけますが、望まない未来の自分は、『今の自分の死』だと漠然と理解しているのではないでしょうか?」
マショーダワの心臓が跳ねた。その感覚は言語化されていないだけで、ずっと無意識下にあったものだった。
「……」
「本物の死は決してその先が分からない、といった点で特異です。一方、どうあがいても避けられないという点で、『今の自分の死』も同じです。これは、今のあなたが抱える病だと思います」
「じゃあ、それがブッポーが解決してくれるわけ!?」
マショーダワは道安に初めて声を荒げた。
諦めたふりをして、どうにか逃げられないか。でもそれが「死」なら、それは絶対に逃げられないものである。
そんなような意味のことをハッキリ言われたことで、マショーダワはどうしようもなくなってしまった。
子供でもある程度成長したら誰でも知っている事実、「死はかならずやってくる」。
それは文字に起こせることではあるが、ではそれにどう対処するのか。対処できないにせよ、なぜそうなる運命を背負わねばならぬのか。
怒りと恐怖、そしてなにより切なさにマショーダワは押しつぶされそうになった。
しかし、聡いマショーダワは、ぐちゃぐちゃになった感情の中で本能的に理解してしまう。
道安の言う「文字で表すことのできない世界」とは、この「死」の先、またはその原因のことであると。




