お坊さんの持つあの棒主役回
「誤解しないように言っておきますが、警策とは叱るためのものではありません。雑念や眠気に負けてしまいそうな修行者を励ますためのものです。あと、大きな音がしますが、音ほど痛いものではないので。安心してください。私、プロなので」
ホージョーサンは怪しい笑顔をはりつけ、その大きな謎の板を手でスリスリしながら近づいてきた。マショーダワはもしかしたら昨日までの不思議な態度はコレを行うための前振りで、私はとんでもない変態を部屋に招いてしまったのではないかと恐怖した。
「ホ、ホージョーサンって、そういう趣味なの?」
「? 何を言っているのか分かりませんが、私の趣味は精進料理を作ることくらいです。それすらも修行ですが。これはあなたの修行を助けるための棒です。昔は杖だったそうですよ、よかったですね」
こ、こいつ、変態じゃなかったとしても、昨日の色仕掛けを根に持ってやがる……。侍女は何を苦笑いしているんだ王女の危機だぞ。影の者も端っこで困惑しているんじゃない。
まぁ本当に殺気ある振りをしてきたら、影の者が先にホージョーサンの首をはねるだろうし、そう心配してないけどさ……。
そんな物騒なことを考えながら、マショーダワは昨日と同じく壁に向かって坐り始めた。今日はホージョーサンが隣におらず、後ろに立っているから見えないのだが、なぜかすり足で動き回っているらしく、微妙に怖い。
しかし、昨日教わった通りに坐っていると、昨日よりもなんだか上手く坐れているような気がした。考えないようにするのではなく、考えを流して……呼吸を数えて、数えるのに失敗しても、気にせずまたいちから数え始めて……。
だんだんと、雑念が流れていくのが分かった。「雑念を感じずに居る自分を観察する」という思量が流れ込んできているのは分かるのだが、不思議とそれは「雑」な念ではなく、すーと勝手に消えていった。
「……」
壁が見えているのに、見えていないような感覚。壁が見えているのに……見えているのに見えていないということは、見ている自分がいまここにいないような……
「……ックシュ」
あ、侍女がくしゃみしやがった。あの子風邪気味だったとおもったらやっぱりそうだったかー。休ませてあげないとあの子も私も危ないなーっていうか雑念が雑念が雑念が。
せっかく流れていった雑念がまた頭に溜まってくるのが分かった。後ろで変態(仮)がすり足で動いている。はいはいわかったよー、今こそ応援タイムでしょー。
私は教わった通り、合掌して彼を待った。右肩に木の棒が優しく触れる。うぅ……なんか殺害予告みたいで怖いよ……。そのままの姿勢で低頭の姿勢を取る。
パッッッッッッッチィィィィィン!!!!!!!
「フギィ!!」
王女らしからぬ小さな悲鳴をあげてしまったが、悲鳴はあくまで音にたいして驚いただけで、痛みはほぼ無かった。最近会話がかみ合わない兵士長がまだまともだった頃、投げた空中のリンゴを剣で真っ二つにしていたけど、あれに近い技術なのだろうか。圧は最小限に切れ味鋭く。ホージョーサンは確かにプロなのかもしれない。
そんなくだらない雑念を流した後、再度坐禅に集中してみる。すごい、確かになにかが良くなっている気がする。叩かれたのは自分のはずなのに、なぜかその自分が痛みと共に霧散してしまったかのような感覚。
「……」
「……」
警策の後は、驚くほど時間が早く流れ、あっという間に一炷が終わった。
「今回はよく坐れたみたいですかね」
「うん、なんか分かったかもしれないような? やっぱり警策のおかげなのかな?」
「いえ、おそらくですが、警策を受ける前から様になっていた気がします。飲み込みが早いようですね」
思わず褒められて、フフーンとのけぞるマショーダワ。私にかかればこんなもんよー! と天狗になっていた。
「ただ、あくまで坐禅に良し悪しはありません。毎日少しでもいいから続けることです」
「……はい」
まだこいつをギャフンと言わすには足りないか。しかし、ある種の満足感を得たマショーダワは、脚をほぐしたあと、今度は道安と一緒に二炷目を坐ることにした。




