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第8話 接客したくない店員たち

(うわ、面倒くさっ! 客が入ってきたわ)


 人生初めてのアルバイトにして、ガソリンスタンド初日。

 拓馬に、店員として接客する機会が訪れた。店の制服を着ている以上、もう“サナギ”ではないのだ。新人アルバイトとは言え、客からすれば、見るからに“店員”だ。


 店のフィールドに滑り込むように入ってきた客の車であるカローラフィールダーは、計量機に横付けしてピタリと停止した。


(なんて綺麗な入り方なんやろ。ということは常連さんかな?)


 拓馬は計量機に横付けして停車している客の車を感心しながら見つめた。

 そのときだった。

 背後から視線を感じた拓馬は素早く振り返った。振り返ると事務作業中の杉野と一瞬目が合ったが、杉野はすぐに目を伏せて事務作業を再開した。

 杉野は、拓馬がどのような接客をするのか見守っていた。しかし、突然、拓馬が自分の方に振り返ったので慌てて事務作業しているふりをしたのだった。


(なんや、店長。なんで目が合ったらすぐ逸らすんや?)


 拓馬がそう思った次の瞬間、またしても背後から視線を感じた。背後にある従業員休憩室に素早く顔を向ける拓馬。

 神酒もまた杉野と同じく、拓馬の接客を見守ろうとした。しかし、またしても、拓馬が視線を感じて振り返ったので、慌てて顔を引っ込めたのだった。


(なんや? いま、赤羽さんが覗いていたような気がしたんやけど······)


 そのとき、拓馬は悟った。


(店長も赤羽さんも、俺がどういう接客をするかコソコソ見てる。ということは!)


 拓馬は、ピットにいる山本もこちらを見ているに違いない、と推測した。

 拓馬は、眼球だけを動かしてピットの山本を横目で見てみた。すると、山本は、こちらに背を向けてラジオ体操をしていた。


(客が来てるのにラジオ体操かよ!)


 拓馬は呆れてため息をついた。

 拓馬に呆れられている山本は、客の来店に気づいていなかった。

 山本は、出勤直後にピットでラジオ体操をするのが日課だったのだ。


 拓馬は、計量機に横付けしている客の車に視線を戻した。


(店長も赤羽さんも山本さんも動かへんのなら、俺も気づいていないふりしてやろ。そうすれば、客がクラクションで呼ぶやろうから、誰かしら客のもとへ行くやろ······)


 拓馬はそんなことを企みながら客の車の運転席に目をやった。20代前半の男性客は運転席でスマホを見つめながら激しく指先を動かしている。


「このドラゴン、強すぎ!」


 客の独り言が拓馬の耳に微かに届いた。


(ガソリンスタンドに来てゲームに没頭かよ! ドラゴン倒す前にガソリン入れろよ!)


 杉野は事務作業をしながら拓馬をチラチラと見ている。一方の神酒も、従業員休憩室で伝票整理するふりをしながらチラチラと拓馬を見ている。山本は、ラジオ体操第1を終えてラジオ体操第2に入っていた。


 拓馬は小さく唸った。


(俺は、どうすればいいんだ! 接客する心の準備ができていないから、店長や赤羽さんに代わってほしいのに! だけど、2人とも作業に集中するふりをして何とか俺に接客させようとしている。よし、だったら······!)


 拓馬は、動いた。

 サービスルームからフィールドへ出た拓馬は、客の車には向かわず、フィールドの端にあるコンテナ型のトイレへ向かった。

 バタンッ。トイレのドアを閉めた拓馬は、安堵のため息をついた。


(トイレに隠れてしまえば接客しなくて済むわ)


 接客という重圧から解放された拓馬は、制服のポケットからスマホを取り出すとゲームを始めた。



 一方、サービスルームでは、神酒と杉野が顔を合わせていた。


「店長! 財前君、トイレに隠れちゃいましたよ!」


「初アルバイトだから緊張してお腹下したか?」


 杉野は神酒にそう答えるとニヤリとした。神酒は、両手を腰にあてた。


「何を悠長なことを言ってるんですか! 財前君が接客に不安を感じて動けないなら、代わりに店長が行くべきじゃないんですか?」


「えー、僕が行くの?」


「だって、店長じゃないですか!」


「ほら、虎穴に入らずんば虎子を得ず、て言うやん。ここは、やっぱり財前君が虎穴に行くべきなんや」


「虎穴? あのお客さんは虎穴なんですか? もう、何をわけのわからへんことを言ってるんですか!」


 神酒の勢いに、杉野は何も答えることができず、ただニヤリとした。


「じゃあ、神酒ちゃんが行けばいいやん。接客得意やろ?」


 杉野から接客を勧められた神酒の表情が曇った。


「私、あのお客さん、苦手やもん」


「なんでや?」


「私が接客すると、いつもオンラインゲームの勧誘ばかりしてくるから······」


「たかがゲームの勧誘なら、やったらいいやんか」


「嫌や。なんで、私の大切な時間をやりたくもないゲームに費やさなあかんの!」


「そりゃそうやな」


 杉野は、神酒の言い分に納得するとニヤリと笑みを浮かべた。






(つづく)

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