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第3話 ブリーフ姿の変質者

「財前君、サイズはLで良かったんやな?」


 店長の杉野が従業員休憩室から戻るなり、プレスされた紺色の制服を拓馬に見せた。


「はい。Lで」


「じゃあ、さっそく裏で着替えてきて」


「わかりました」


 拓馬は、杉野から紺色の制服を受け取ると従業員休憩室へ入っていった。


「安全靴のサイズは26で良かったか?」


 杉野はスニーカータイプの安全靴を手にしながら顔だけ従業員休憩室に向けて尋ねた。


「大丈夫だと思いまーす」


 拓馬が大きな声で答えた。

 そのとき、ガソリンスタンドにひとりの女性が近づいてきた。茶髪のロングヘアーで、店の制服を着ている。しかし、制服の色は紺ではなく赤だった。


 彼女はアルバイト店員の赤羽神酒あかば みき、22歳。名前は「神酒」だが、お酒は飲めない。神社に関しても、初詣のときしか訪れない。


「おはようございまーす」


 神酒は店内にいる杉野を見かけるとすぐに元気な声で挨拶した。


「おー、神酒ちゃん。おはよう。朝から元気が良いね!」


「当たり前やん! 朝の挨拶くらい元気出さんとあかんでしょ」


 神酒はアルバイトとは言え、杉野とは2年ほど一緒に仕事をしてきた。それもあり、神酒は店長である杉野に対してフレンドリーな言葉遣いで終始している。

 そもそも、店長である杉野自身、堅苦しい人間関係を嫌っていた。そのため、他の従業員からタメ口で声をかけられても全く気にしない。


 神酒は、手にしているピンクの手提げカバンを揺らしながら従業員休憩室へ入っていく。その直後、神酒が悲鳴をあげた。


「きゃあ!」

「わあ!」


 神酒が慌てて従業員休憩室から飛び出してくるなり杉野の腕を両手で掴んだ。


「店長! 休憩室に変質者がおる! 警察に通報して!」


 神酒が真剣な顔で杉野に訴えた。すると、杉野の表情が一瞬にして強ばった。


「なに! 変質者? それはあかん、警察に電話や」


 杉野はレジの横にある白電話の受話器を手に取ると、プッシュボタンを押し始めた。


「ちょっと、待てやー!」


 従業員休憩室から拓馬が叫び、杉野たちの元まで飛び出してきた。次の瞬間、再び神酒が悲鳴をあげた。


「きゃあー! 変態が表舞台に飛び出してきたわ!」


 神酒に「変態」と叫ばれた拓馬は、思わず自分の下半身を見つめた。そこには、膨らみのある黒いブリーフが見えた。


「なんや、財前君やないか! なんでブリーフ姿なんや! それは店の制服やないで!」


 左手に受話器を持ち、驚きのあまり目を丸くした杉野が拓馬に向かって叫んだ。


「そんなん、わかってますよ! 制服に着替えていたら、いきなり女の人が入ってきてこっちがビックリですよ!」


 拓馬の言葉に、神酒は「え?」という驚きの表情を浮かべながら杉野を見つめた。神酒に見つめられた杉野は、ニヤリとした。


「そうだったわ。神酒ちゃん、このブリーフ姿の兄ちゃんが今日からこの店で働くアルバイトや。いろいろ教えてあげてな」


 杉野が神酒に拓馬を紹介した。神酒は拓馬に視線を戻したが、その先にブリーフの膨らみがあったため、すぐに顔を逸らした。


「店長も人が悪いわ! 従業員休憩室で新人君が着替えてるなら、ちゃんと言ってよね!」


 神酒が顔を赤らめながら杉野に抗議すると、杉野は「ごめんごめん」と謝りながら自分の天然パーマを指先で掻いた。

 そこへ、拓馬が口を開いた。


「それにしても、いきなり変質者呼ばわりだなんて酷いですわ。しかも、店長。警察に通報しようとしてましたよね?」


「そうやった、警察に通報しなあかんのやった」


 杉野が再び電話機のプッシュボタンを押し始めると、拓馬は慌ててプッシュボタンを押す杉野の手を電話機から払いのけた。


「店長、なにやってんですか! 変質者なんていませんよ!」


 拓馬はブリーフ姿のまま杉野の顔を見つめた。杉野は、ニヤリとした。


「おー、そうやった。変質者じゃなく財前君だったんやな。よし、事件は解決や」


「事件にもなってないです!」


 拓馬は受話器を元に戻すと、神酒に顔を向けた。神酒はまだ拓馬に背中を向けている。


「というわけで、波乱な初対面となりましたが、今日からお世話になる財前拓馬です。よろしくお願いします」


 拓馬はブリーフ姿のまま神酒の背中に向かって頭を下げた。神酒は、拓馬が礼儀正しく挨拶をしてきたので、それに応えようと振り返ったものの、またもや視線がブリーフの膨らみに移ってしまった。


「だから、なんでブリーフなのよ! ちゃんと制服に着替えてから挨拶してよ!」


 神酒が顔を赤らめながら叫ぶと、拓馬は慌てて従業員休憩室へと入っていった。

 そんな神酒と拓馬のやりとりを見ていた杉野は、これから楽しくなりそうだ、と思いながらニヤリと笑みを浮かべた。






(つづく)

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