第2話 天然店長は天然パーマ
頭髪が薄くなりかけた天然パーマ、今どき流行らない黒縁の丸メガネ、押したらすぐ倒れそうな細身の体つき······拓馬にはすぐにそれが店長だと分かった。
ガソリンスタンド『デテオス』城南店の店長·杉野だ。
「あ、店長や」
拓馬は杉野と目が合うなり頷くような会釈をした。一方の杉野は、拓馬と目が合うなり右手を上げた。その手にはコンビニの白いビニール袋がぶら下がっている。
「おはよう。えっと、確か名前は······」
「財前です。財前拓馬」
ニヤけた表情を浮かべた杉野が拓馬の名前を確認しようとすると、拓馬は素早くそれに答えた。
「店長、どこ行っとったんや。サナギをひとりにして店を離れたらあかんやろ」
軽トラの爺さんが杉野を見るなり呆れた表情を浮かべた。
「まだ開店したばかりやから客が来んと思ってコンビニへ行っとったんや。ところで、サナギって誰のこと?」
杉野は、拓馬と爺さんの顔を見ながら不思議そうな顔をした。すぐに、爺さんが拓馬を指さした。
「サナギって、この若いもんのことや。店長、今日から新人入ってくるんなら、ちゃんと制服渡して仕事を教えたらなあかんやろ」
「なんや、君は名前をいくつも持っとるんか?」
杉野は、爺さんから拓馬に視線を移すと首を傾げた。
「違いますよ! 出勤したら店長がいなかったし、制服も着ていない状態で接客するはめになったから自分をサナギだと表現したんです」
拓馬は杉野に経緯を説明したが、杉野はまだ「サナギ」の意味を理解できていなかった。
「君は難しいことを言うね。制服を着ないで接客することを若者言葉で『サナギ』と言うんか?」
杉野の言葉に、拓馬はポカンとした表情を浮かべながら目の前にいる店長を見つめた。
(あかん、これ天然やわ······)
拓馬は呆れながらかぶりを振ると、軽トラの爺さんに顔を向けた。
「爺さん、そういうわけで俺はまだサナギやから、給油は店長にお任せするわ」
拓馬は爺さんにそう告げると店内に戻っていった。
「今どきの若いもんは理解不能な言葉を生み出すから相手するのも大変ですなあ」
杉野は爺さんに顔を向けると、黒縁丸メガネを揺らしながら笑った。爺さんは、拓馬が説明した『サナギ』の意味を改めて杉野に説明するのが面倒だったため、指先のジェスチャーで「早く給油してくれ」と指示した。
杉野は、おにぎりが入ったコンビニ袋を計量機(給油機)の上にポンと投げたが、すぐに地面へ落下した。杉野は慣れた手つきでタッチパネルを操作すると、素早く軽トラに給油を始めた。
その一連の動作を見つめていた軽トラの爺さんが口を開いた。
「なあ、店長。あの若いもん、もしかして初めてのアルバイトか?」
「そうらしいわ」
杉野はレギュラーガソリン用の給油ノズルを手にしながら答えた。
「じゃあ、最近まで学生やったんやな。店長、仕事だけじゃなく言葉遣いもしっかり教えてやらなあかんで」
杉野は爺さんからの指摘に答えることはせず、ただ爺さんを見てニヤリと笑っただけだった。
やがて、杉野は給油キャップを閉めると、軽トラの爺さんに発行されたばかりのレシートを手渡した。
「お待たせしました。満タン入りましたわ」
軽トラの爺さんはレシートを受け取ると、杉野を一瞥してから軽トラを発進させた。
(この店長も言葉遣いがイマイチやけどな)
爺さんはそう思いながら、杉野に右手を上げて走り去っていった。
「ありゃあしたぁ!」
走り去る軽トラの後方から杉野が「ありがとうございました」という意味の声をあげた。
杉野が軽トラに給油する様子を見ていた拓馬は、軽トラが走り去るとひとり頷いた。
(こうして見てみると、ガソリンスタンドなんて、ラクな仕事やな)
やがて、接客を終えた杉野が店内に入ってきた。
「まあ、仕事は、こんなもんや」
杉野は拓馬を見るなり、笑顔で言った。さらに言葉を続ける。
「客が来たら給油して窓を拭く。うちはセルフじゃなくフルサービスの店やからな。いちおう窓を拭いたらなあかん」
杉野の言葉に拓馬は首を傾げた。
「あれ? 店長。さっき、軽トラの窓拭きしてましたっけ?」
拓馬からの指摘を受けた杉野の表情から笑みが消えた。
(そういえば、窓を拭くのを忘れとったわ)
杉野はニヤリとした。
「あー。まあ、窓は拭かんかったけど、心の窓は拭いてあげたつもりや」
明らかに杉野の言い訳と分かる言葉を耳にした拓馬は呆れながら目の前の店長を見つめた。
(あかん。言い訳も意味不明や。稀に見る天然店長や)
拓馬はそう思いつつも、気さくな印象の杉野店長とは仲良くなれそうな気がして安堵したのだった。
(つづく)




