第4話 職場恋愛オーケーな店で潰されたモノ
「財前君。今日は神酒ちゃんに付いて仕事を教わってな」
店長の杉野はレジ横にある接客用の机に座りながら指示を出した。紺色の制服、といっても上下一体となったツナギ服だが、しっかり着こなした拓馬は神酒に頭を下げた。
「はい。赤羽さん、よろしくお願いします」
「あ、いえ、こちらこそ。よろしくお願いします」
神酒は自分より10センチほど背が高い拓馬に向かって慌てたように頭を下げた。そんな神酒の態度を杉野は見逃さなかった。
「どうしたんや、神酒ちゃん。緊張しとるんか?」
「そんなわけないやんか。財前君からいきなり頭を下げられたから少し慌てただけやん」
「ふーん。まあ、財前君、見た感じイケメンやからな」
「そ、そんなの関係ないです! じゃあ、財前君、お客さんがいない間に店内を案内するわ」
神酒が慌てたように早口で言うと、足早に店内のサービスルームから出て行った。そのあとに拓馬も続く。
「財前君、この店は職場恋愛オーケーやからな」
杉野が拓馬の背中に向かって言葉を投げると、拓馬は振り返って杉野を見た。杉野はニヤリと意味ありげな笑みを浮かべた。
「はあ」
拓馬は間の抜けた反応をすると、すぐに神酒のあとを追いかけていった。
拓馬がサービスルームから足早に出ると、神酒が軽量機の前で突っ立っていた。神酒は、拓馬が近づいてくるなり口を開いた。
「店長が言うことは間に受けなくていいからね!」
「あ、職場恋愛オーケーというやつですか?」
「まあ、それもだし、店長は冗談が好きなんか天然なんかよくわからへんけど、とにかく真に受けないこと!」
「杉野店長は天然······。それ、激しく同意です」
「ところで、財前君は18歳なの?」
「はい。今年、高校を卒業したばかりです」
「免許は?」
「6月に取りました」
「6月って、今月やね。車の運転は大丈夫なの?」
「大丈夫です。ゲーセンのレースも得意やし」
拓馬は自信ありげな笑みを浮かべた。
「ゲーセンとリアルとでは車の感覚違うからね。免許取ってからドライブとかした?」
「親の車で買い物したくらいです」
「······デートでドライブしてないの?」
神酒は平静を装いながら拓馬に尋ねると、その顔色を窺った。
「デートですか? まだですよ」
拓馬はそう答えると、照れたような笑みを浮かべた。
「ふーん」
神酒は、拓馬の返答に無関心なふりをしながら彼の顔を一瞥した。
(イケメンだからカノジョくらいいるよね)
神酒はそう判断すると、軽量機と一体化しているタッチバネルに顔を向けた。
「じゃあ、給油の仕方を説明するね」
「はい!」
拓馬が返事をすると、神酒は給油方法や接客方法などを説明し始めた。
しばらくすると、車が1台入ってきた。ミニバンタイプのヴォクシーだ。サービスルームにいる杉野はヴォクシーの来店にすぐ気づいたが、軽量機周辺には誰もいない。そのとき、拓馬はピット(点検や整備を行う作業場)内で神酒から説明を受けていた。
二人は客の来店に気づいていない。
机で事務作業をしていた杉野はサービスルームとピットを隔てるドアに向かうと、開け放たれたドアに頭を突っ込んだ。
「おーい、お客さんやでー!」
杉野がピットの二人に客の来店を伝えると、神酒は軽量機が並ぶフィールドに顔を向けた。ちょうど紺色のヴォクシーが軽量機の前に停車するところだった。
そのとき、ヴォクシーの方からクシャッという何かが潰れる音が聞こえた。
「いらっしゃいませー!」
神酒が明るく弾んだ声で挨拶を飛ばした。
「財前君、私が接客するから、ここから見とってね」
神酒は明るい声でヴォクシーの運転手に接客を始めると、慣れた手つきでタッチバネルを操作、素早く給油口にノズルを差し込んだ。
(さすが、赤羽さん。動きが速いわ)
拓馬は神酒のテキパキとした動きに感心しながら給油作業を見守った。
やがて、神酒はヴォクシーの給油を終えると運転手にレシートを渡し、走り去るヴォクシーを見送った。
「ありがとうございましたー!」
神酒が明るく元気な声で客を見送った直後、何かに気がついて下を向いた。すぐに屈むと、潰れて真っ平らになった白いコンビニ袋をつまみ上げた。
「なんやこれ?」
神酒はつまみ上げたコンビニ袋の中身を見ると「あ!」と声をあげた。すぐに立ち上がると、コンビニ袋をつまみ上げたまま拓馬に向かって歩いていく。
「これ、財前君の?」
神酒から潰れたコンビニ袋を見せられた拓馬は、すぐに、それが店長が持っていたコンビニ袋だと気がついた。
「それ、僕のじゃないです。たぶん、店長のです」
「店長の? なんで店長のおにぎりが軽量機の近くに落ちてたんやろ。さっきのヴォクシーに潰されとるやん」
神酒が不思議そうな顔をして首を傾げた。
「なんで店長のコンビニ袋が落ちていたのかはわからへんけど、これも店長による天然のなせる技じゃないですか?」
拓馬はそう答えると笑みを浮かべた。
「言ってる意味がよくわからんけど、とりあえず店長に持っていくわ」
神酒は、まるで生ゴミが入った袋を扱うようにつまみながら、店内へ向かった。店内にいる杉野は、今日の昼飯が潰されたことも知らずに事務作業に励んでいた。
(つづく)




