第95録 ジョルジュの容態
エリス達を詰所に案内したオレールと相方は、ドアを閉めると向き直った。
「もしかしたら察しておられるかもしれませんが、
忘れ物というのは口実なのです!」
「実はルドン隊長からあなたを見かけたらお連れするように言われておりまして。なんでも、相談したいことがあるそうなんです」
「ルドンさん……?」
エリスは目を丸くする。
直接会った記憶はないものの、彼女が今腰に着けているベルトポーチは彼から国を助けたお礼に贈られた物だった。
すると、黙って説明を聞いていたアザゼルが口を開く。
「その相談したいことって王様関連ッスか?」
「へ!?」
思いがけない質問にオレール達はピクリと体を震わせた。
それを見たアザゼルは小さくため息を吐く。
「わかりやす……」
「お、仰る通りです……。まだ推測なので確証はありませんが……」
「ルドン隊長は城に居られます!案内致しますのでついてきてください!」
「最初から城に案内してくだされば良かったのに」
エリスが呟くとオレールが素早く背筋を伸ばした。
「すみません!興奮してしまって考えもしませんでした!」
即答した彼にどう見ても悪意はない。
エリスとアザゼルは呆れたように乾いた笑いを漏らした。
城に到着したエリス達は、すぐにルドンの部屋へ通された。
彼の部屋は騎士隊長らしく整然としていて、青い絨毯の上にはホコリ一つ落ちていない。
ルドンはその真ん中でテーブルを挟んでエリス達を待っていた。
壮年らしく、浅黒い肌には戦傷がいくつも跡を残している。
ルドンはオレール達を持ち場に戻らせると、すぐに話を切り出した。
「突然お呼び立てして申し訳ない。
改めて、私はアレキサンドル第1騎士団長のルドンと申します。
実はあなた方とは会うのは初めてではないのですが、それどころではありませんね」
ルドンは微かに口元を緩めたが、エリスとアザゼルはピンと来なかったのかチラリとお互いを見ただけだった。
「オレールさん達からは相談したいことがあると伺っています。
それが王様関連だとも。推測らしいですが……」
「はい。仰る通りです。
私を含め、数名しか事実を知りませんが……。
実はジョルジュ様が病に罹られてもう7日も目を覚ましていないのです。
最初はお疲れのようなのでお休みしていただこう、と言う話になったのですが、2日経っても目覚められないので……」
張りのある低い声が、徐々に小さくなってゆく。
本気で心配している様子が2人にも伝わった。
アザゼルは静かに口を開いた。
「医者には見せたんスよね?」
「はい。
しかし、どの医者も『ずっと眠り続けるなんて初めて見る』『発熱も痣も何もない。手に負えない』等と匙を投げられましてな。
そこで医者だけでなく、薬の知識がある者にも声をかけて回っているのです。
もちろん、機密情報なので情報を漏らさないという誓約書にサインを頂いてはいますが。良い結果は得られず……」
「私も隣の彼も薬の知識はありますが……治療となると……」
「承知しております。病名だけでもわかれば万々歳です。
——とのことなのですが、お引き受け頂けますか?」
2人は再び顔を見合わせた。
ベリアルから聞いた情報と完全に一致しており、家臣達も疲弊しきっている。
自分達が治せるかどうかわからないが、頼られたのなら断る理由はない。
小さく頷き合うとルドンに視線を戻す。
「お引き受けします」
「受けようか」
「なんと、お礼を申し上げたら良いか……」
ルドンは机に額をつける勢いで深々と頭を下げた。
エリスは僅かに顔を引きつらせて声をかける。
「あの、誓約書にサインがいるんですよね?」
「は、はいっ!形式上ですし万が一ですので!」
ルドンは慌てて立ち上がると、壁際のテーブルから誓約書を2枚取ってきた。
エリスとアザゼルはそれにサインを記してルドンに返す。
「確認致しました。
案内しますので、どうぞよろしくお願い致します」
ルドンは立ち上がると先導を始めた。
やがて、ルドンはジョルジュの部屋の前で立ち止まり、鍵を開けると小声でエリス達に声をかける。
「こちらがジョルジュ様のお部屋です。普段は誰も入れないように鍵をかけております。中にベルを置いていますので、もし何かありましたら鳴らしてください。
では、私はここで失礼致します」
ルドンは深々と頭を下げると自室に引き上げていった。
彼の姿が完全に見えなくなるとエリスはアザゼルに向き直る。
「とりあえず入りましょう」
「そうッスね」
2人が中に入って鍵をかけた直後、姿を消していたベルゼブブとベリアルが姿を現す。
そしてベルゼブブは目にも止まらぬ速さで音遮断のバリアを張ると、叫ぶ。
「あー、やっと出てこれた!こんな窮屈な思いするの久しぶりだぜ!」
「誰も疑いもしなかったから良かった……」
「ちょっと待って!!何アレ!?」
穏やかになりかけた空気はベリアルによって遮られた。
寝台に横になっているジョルジュの周りを、不気味なドス黒い渦が取り巻いている。
「今朝見た時はあんなの無かったのに!」
「どう見てもただの病気じゃないッスね。
やれるだけやってみるか……」
アザゼルはしばらくジョルジュを診ていたが、ふと立ち上がって振り返ると
肩をすくめた。
「お手上げッス。全く原因がわからねぇ」
「じゃあジルジル治らないの!?ずっとこのまま!?」
「オレはお手上げってだけだ。
それにオレは研究者であって医者じゃない。だから医者に任せるしかないッスね」
泣き出しそうな顔で距離を詰めてきたベリアルを、アザゼルは冷静に宥める。
エリスも顎に手を当てて呟いた。
「だけどこの辺りのお医者さんは全員……」
「悪魔の医者を喚べばいいんスよ」
「悪魔の医者?」
「ユフィールッス」
「ケ゚!?」
ベルゼブブとベリアルが同時に声を上げたのを見て、アザゼルが再び肩をすくめる。
「2人共何したんスか」
「いや?な〜んもしてないよ?」
「ああ。なんもしてねぇ」
「嘘ッスね……」
アザゼルはため息をつくと、エリスに向き直った。
「さて、ユフィールを呼んでくるのは良いが、このまま誰の目にも触れずに呼ぶか、城の奴らにも認知させておくか。どーする?」
「彼に任せるのは駄目?
どんな人なのかわからないし、もし人目につくのが嫌とかだったら大変だし」
「まぁ、ユフィールは周りのことなんて気にしないと思うッスけどね。
ただ、1つ言っておくと……ユフィールは角を隠していない」
「角?」
思わずエリスはアザゼル、ベリアル、ベルゼブブに順番に目を向ける。
彼等は悪魔の象徴とも言える角や翼がない。
すると、ベリアルが照れくさそうに頬をかきながら話し出した。
「あ〜、アタシ達はね、人間に擬態してるの。
それでも角や翼は自由に出し入れできるケドね。
さっきアタシは翼で駆けつけたデショ?魔法使って飛ぶより翼の方が速いの」
「なるほど……。
なら、余計に人目につかない方がいいと思う」
「オレ様もその方がいいと思うぜ。アイツ、変なところで頑固だからな。
角をアクセサリーぐらいにしか思ってねぇ」
「了解ッス。
とりあえずユフィール呼んでくるんで、少し待っててほしい」
言い終わるか終わらないかのうちに、アザゼルは
あっという間に黒い霧を纏って姿を消した。
騎士隊長――ルドンとは序盤の序盤、
5話で会っていたんです




