第94録 ベリアルの泣きつき
2日後。
エリスはニコニコと頬を緩ませて、アンスタンの街道を歩いていた。
久しぶりに薬を売り歩くことができて、幸せだったのだ。
その隣を、ベルゼブブが不機嫌そうな顔で歩いている。
「お前、やたら嬉しそうだな。
そんなに薬売り歩きたかったのか?」
「うん。やっと元の生活に戻れたから。
薬を売ることで人の役に立ててるんだなって実感できるし」
「あっそう。オレ様からすれば退屈で仕方がねぇけどな。
どっかで国家絡みの戦争でも起これば楽しめるのによ」
「不吉なこといわないで」
そんな比較的穏やかな2人の背後から甲高い声が響いた。
「やっと見つけた〜!」
「え?」
エリス達が振り返ったのと同時に、ダークレッドのローブを纏った女が
翼を折りたたんで着地する。
「ベリアルさん!?」
「ボス〜、エリエリ〜、助けてぇっ!!」
「……なんでそんなに泣きそうな顔してんだ、お前」
ベルゼブブは呆れ顔で女——ベリアルに言った。
代々アレキサンドルと「契約」を結んでいる彼女は、
今にも泣き出しそうな顔でベルゼブブ達に踏み寄る。
「だってぇ!ジルジルが起きないんだもん!」
「起きない……?」
「そうなの!!もう7日目なんだよ!?
もちろん医者に見せたり、呪いの類いじゃないか確認したりしたけど、
違くて。近隣の医者は皆、匙投げちゃった……」
ジルジルとは現アレキサンドル王・ジョルジュのことだ。
ベリアルは親しみを込めてジルジルと呼んでいる。
「で、部下1号に頼りてぇのか?」
「そう!」
即答したベリアルを見て、エリスとベルゼブブは顔を見合わせる。
彼女がここまでハッキリ言うのは珍しいからだ。
「呼んであげて。私も心配だし……」
「ったく、仕方がねぇな」
ベルゼブブは呆れ顔で呟くと、ローブのポケットに手を突っ込んだ。
ベリアルはローブと同じ色の目を細めて不思議そうに首をひねる。
「え?な、何してんの?」
「あの人から知光石を貰ってるんです。それで、今はベルゼブブが持っているので連絡を……」
「そ、そ〜なんだ。大変だね、エリエリ……」
「それで、ベリアルさん。ジョルジュさんの状態を知っている人はどれぐらい居ますか?」
エリスから尋ねられて、ベリアルは指を折りながら数える。
「えっとね〜、ジルジルの弟君と、重鎮3名。もしかしたらオーサマも弟君経由で知ってるかも。
でも、医者が出入りしてるの見ている人も居ると思うし、7日も姿を見てないから病気なんじゃないかって噂は立ってるよ。
でもなんでそんなこと聞くの?」
「過去に暗殺事件が起こっているから、あまり知られていてほしくないなと思っただけです」
それを聞いたベリアルは顔を歪ませた。
「確かに……。今の所怪しい動きをしている人は居ないけど、腹の中まではわからないし」
「お前、いつからそんなに他人のこと気にかけるようになった?
どちらかと言えば自分中心だっただろうが」
「あ、それはね——」
ベリアルが少し頬を緩ませて話そうとした瞬間、上から気怠げな声が飛んでくる。
「何か用――ベリアル?」
現れたアザゼルは意外そうに呟きながら、エリス達の前に降り立った。
その直後、ベリアルが素早く彼の前に立って真剣な顔で口を開く。
「ゼ、ゼルゼル!ジルジルを助けてほしいのっ!!」
「ジルジルって確か……アレキサンドルの王?」
「そう!
もう7日も眠りっぱなしで。でも呪いとかじゃなくて……」
徐々に語尾が小さくなって俯いたベリアルを、アザゼルは少しの間眺める。
それから質問を投げかけた。
「病気?」
「たぶん。でも熱はないの。本当に眠ってるだけで……」
「他に気になる症状は?」
「ない」
アザゼルは少しの間考えた後、ベリアルの目を見ながら言った。
「……いいッスよ。オレは医者じゃないんで治せるかどうかはわからないッスけどね」
「いいの!?ホントに!?」
「ああ」
言い切ったアザゼルにベリアルの目が潤んだ。
「よかったぁ~。てっきりダメかと……」
「どうしてそう思ったんですか?」
エリスが不思議そうに尋ねると、ベリアルが目を伏せて口を開いた。
「アタシ、前にうっかりゼルゼルのコレクション壊しちゃったから……」
「もうその件は片付いたッスよ。ワザとでもなかったし、ちゃんと謝ってくれたんでね。
それで、さっそく向かうんスか?」
「うん。お願い。
アタシは姿消しとくね。そもそもジルジルとエリエリ以外はアタシがいること知らないから、見つかったら大変だし」
「それなら私が訪ねた理由も、「耳に挟んだ」みたいに偶然を装った方がいいですね」
それからエリスはベルゼブブとアザゼルを交互に見ながら、眉を下げる。
「それにしてもこのメンバー、絵面強すぎないかしら?」
「あ?」
「ん?」
「あー、それは同感だわ……」
目を細める2人を見てベリアルが肩をすくめた。
ベルゼブブは長身で真っ黒。
アザゼルは背丈は平均男性と変わらないが、褐色肌と生気のない赤目が人目を引いてしまう。
「まさかオレ様に姿を消せって言うんじゃないだろうな?」
「でもオレは表向き「医者」として赴くんで、姿は消せないッスね」
「どうしよう……」
エリスはしばらく頭を悩ませた。
結局、エリスはベルゼブブに頼み込んで姿を消してもらうことになった。
ベルゼブブは散々文句を言っていたが、アザゼルの「町の人から話を聞ければ強い理由になるんスけど、威圧感スゴイッスからねぇ」という言葉が刺さり、
渋々エリスに従ったのだった。
アレキサンドルに辿り着いたエリスとアザゼルは慎重に町の門をくぐった。
彼等の背後には姿を消したベルゼブブとベリアルがついてきている。
「クソッ、後で覚えとけよ部下1号……」
「楽しみにしてるッス」
「煽るな」
「アタシが言うのもなんだけど、アタシ達とはあんまり喋らない方がいいよ。姿が見えてないんだからさ」
ベリアルの言葉にベルゼブブが舌打ちして顔を逸らした。
幸い、通りは賑やかで首を傾げている者は居ない。
しかし、テオドールの特徴であるオレンジ色の髪と目を持っているエリスを見て、ヒソヒソと話を始めたグループが何組か出始めた。
エリス達は彼等をチラリと横目で見ただけで、気にせずに前を向いて歩く。
そのまま通りを抜けて、小高い丘まで来た。
エリスにとっては見慣れた、白一色のアレキサンドル城がそびえ立っている。
ちょうどその時、城の方から鉄仮面を被った1組の騎士がエリス達に向かって歩いてきていた。片方がハッとしたように肩を震わせると、相方が止めるのも聞かずにエリス達に駆け寄ってくる。
「テオドールさん、お久しぶりです!自分、オレールです!」
「お、お久しぶりです。お元気そうですね」
「はい!自分、巡回にも加えてもらえるようになりまして!」
ハキハキと話すオレールをエリス達は困ったように眺めている。
ようやく相方が追いついてきて、オレールの肩を掴んだ。
「おい、失礼だぞ!
すみません、テオドールさん。コイツ、興奮すると歯止めが利かなくなりまして……」
「いいえ、気にしていないので大丈夫です」
「そうだ!テオドールさん!この前忘れ物をされていましたよね!?
お預かりしているので、どうぞ詰所へ!」
「わ、わかりました……?」
エリスは首を傾げながら了承した。
それもそのはず忘れ物をした記憶なんてなかったからだ。
エリスの心情を察したアザゼルが耳打ちする。
「罠とかじゃないと思うッスよ。
そんな大それたことできないだろうし。
まぁ、もし何かあったとしてもオレやタイチョーがいるんで」
「そ、そうね……」
その間にオレールは相方に小声で何かを伝えると、彼もゆっくりと頷いた。
それからエリス達に声をかける。
「ご心配なく!
もし、コイツが何かしようとしたらシバきますので!」
姿を消しているベルゼブブとベリアルも呆れ顔をしていた。




