第92録 再び旅へ
ベルゼブブがエリスの所に帰ってきたのは5日後だった。
朝。
新調した黒いローブフードに身を包んだ彼は、エリスの滞在部屋で盛大にため息を吐きながら壁に寄りかかっている。
エリスはそんな彼を窓際の椅子に座って眺めていた。
「はぁ、やっと帰って来れた。時間かかりすぎなんだよ、アイツ。
5日の内4日は休暇だぜ!?マイペースにもほどがあるだろ!?」
「1日で作ったの!?」
「驚くのそっちかよ!?」
ベルゼブブは鋭く突っ込んだあと、再びため息をついた。
「まぁ、1度波に乗れば一気に作り上げるのがアイツだからな。
それにしても余計なモンつけやがって……」
「余計なもの?」
エリスが首を傾げると、ベルゼブブは不満そうに口を曲げて袖口を見せつけた。
そこには紫色の刺繍がつけられている。
「前は真っ黒だったから、今の服の方がわかりやすいじゃない」
「オレ様は無地が好みなんだよ!」
「でも作れるのその人しか居ないのよね?仕方がないと思うけど」
「なんで知ってんだよ!?」
「ベリアルさんから聞いた」
「アイツ口軽いな……」
即答したエリスに、ベルゼブブは呆れたように目を細めた。
「そもそも私が聞いたの。あなた達のローブフードってどうなってるのって。
そしたら教えてくれたのよ」
「そうかよ。……口軽いは言い過ぎたな。撤回」
「……熱でもあるの?」
不思議そうに言ったエリスを見て、ベルゼブブは眉をひそめるとグッと距離を詰めた。ローブ下の金色の目が少しギラついている。
「ちょっと待て。何がどうなったらオレ様が熱があると思うんだよ!?」
「発言を撤回するなんて珍しいから……」
「それぐらいで発熱扱いするな!オレ様も訂正ぐらいはする!」
「ご、ごめんなさい……」
「フン、わかりゃいいんだよ」
エリスから謝罪を受けて満足したのか、ベルゼブブは再び壁に寄りかかった。
「それにしてもまだアレキサンドルにいるとはな。てっきり薬屋の所に戻ってるのかと思ったぜ」
「まだアレキサンドルも大変そうだし、あなたも私の位置探すの大変だろうから、動かない方がいいかと思って」
「別にお前の位置特定するのは苦じゃねぇ。魔力高いんだからよ」
「そうね……」
「で?お前はこの間何してた?」
ベルゼブブに尋ねられて、エリスは初日にラングから謝罪を受けたことと、後の4日間は魔法使い達に追われすぎて気が休まらなかったことを話した。
「お前はお前で大変だったな……」
「予想はできていたけれど。
でも実戦は1回だけって言ったから、ずっとそれを理由に断ってたの」
「フーン……」
ベルゼブブはつまらなそうに相槌を打つと話題を変える。
「まさか老いぼれが謝罪するとはな」
「感情にのまれていなければって仰ってたから、自覚はしてたみたい」
「お前は許したのか?」
率直に聞かれて、エリスは固まった。
何度も気まずそうに目を泳がせてから、ようやくベルゼブブに視線を戻す。
「許してはいないわ……。
でも、以前戦った時とは別人のように落ち着いていて、声も鋭くはなかった。
だから、「あなたのしたことは許されないけれど、謝罪してくださったので十分です」って言ったわ」
「そうかよ……。
随分器が広いじゃねぇか。お前から平穏を奪ったってのに」
「だけどその平穏も戻りつつあるわ。
私ももう追われる心配はないんだから。
それに過去のことをいくら言われたって変えられないもの」
どこか悲しそうに言ったエリスを、ベルゼブブは無言で見つめる。
そして、何度目かの盛大なため息を吐いた。
「お前がそれで良いんなら、オレ様が口出す筋合いはねぇな」
「何言うつもりだったの?」
「別に。オレ様なら、どれだけ謝罪されようが完膚無きまでに叩きのめしてたってだけだ」
ベルゼブブの返事を聞いてエリスは一瞬目を見開いたあと、少しだけ口元を緩めた。
「あなたらしいわね」
「そりゃそうだ。お前と一緒にするんじゃねぇ」
「一緒にはしてない。
……そろそろ準備しなきゃ」
そう言いながら立ち上がったエリスにベルゼブブが詰め寄る。
「何の準備だ?」
「アレキサンドルから出る準備。
荷物を預けたままだからロイトさんの所に戻らなきゃ」
「あっそう。オレ様は無言でお前の後ろついてくからな」
「その方が助かるわ。あなたはすぐケンカ腰になるから」
「チッ……」
ベルゼブブは不機嫌そうに舌打ちすると、エリスの準備が整うまで待機していた。
その後、エリス達は城門でオレールと向き合っていた。
2人が去ることを知ったオレールは残念そうに肩を落とす。
「そうですか……」
「はい。私は私のできることをしたいので。
本当はジョルジュさん達にも挨拶が出来たら良かったんですけど……」
ここ数日、彼等はモンスターの襲撃で荒れた大地の整備や、エベロスとの情報共有におわれていた。
そのため、エリスは挨拶を控えたのだった。
「確かにそうですね。城内も目まぐるしく動いております。
ジョルジュ様には私からお伝えしておきますので」
「ありがとうございます。
オレールさんにもいろいろとお世話になりました」
「いいえ!少しでもお役に立てたのなら何よりです!
あ、そう言えば騎士隊長のルドン様よりお預かりしている物が……」
ふと、オレールは足元に置いていた革袋を開けて、茶色のベルトポーチを取り出した。
「それって……」
「はい!
深夜、国民の激励に回っていた時に、あなたが便利だと溢していたのを報告してくださったみたいで。
お礼としては物足りないかもしれないが、渡してほしいと」
「とんでもありません!ありがとうございます!」
エリスは受け取ると、すぐにローブ下の服に身につけた。
それを見たオレールは満足そうに笑う。
「はははっ!喜んでおられたとお伝えしておきましょう!」
「はい!有効に使わせていただきます!」
「アレキサンドルにもお気軽にお立ち寄りください!
では、お気をつけて!」
「ありがとうございます。オレールさん達もお元気で」
エリスは深くお辞儀をすると、城を後にする。
数日前まで不安の恐怖に包まれていたとは思えないほど活気のある町中を、2人は颯爽と歩いていった。
第2部 完
第2部完結です!
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