第91録 ラングの謝罪
1日の休暇を挟み、朝になった。
エリスはジョルジュの部屋に通され、正方形のテーブルに向かい合って座っている。
ベリアルはいつも通りのんきにベッドに寝転んでいた。
エリスは、ベルゼブブから聞いていたアモン関連の話をジョルジュに伝える。
聞き終わったジョルジュは大きく頷いた。
「改めて、本当にありがとう。テオドール。
協力がなかったら穏便には終わらなかっただろう」
「お役に立てたのなら何よりです」
「エリエリ〜、ところでボスは?また呼び出し?」
ベリアルがリラックスした様子でエリスに声をかける。
「ベルゼブブはフードが破れてしまったので、新調しに魔界に戻りました」
「マジ!?ボスのフード外れたの!?」
ベリアルが勢いよく起きがって、エリスに近づく。
エリスは少し体を引きながら頷いた。
「はい。アザゼルさんに薬品をかけられた影響で」
「そ、そうなんだー。
エリエリも大変だったね〜。少し意識飛んだデショ?」
「いいえ。顔は熱かったけど、意識は保ってました。
理由はわかりませんけど」
「フツーは卒倒するんだケド……」
ベリアルは信じられないといった顔でエリスを見つめる。
ジョルジュは不思議そうに首を捻ってからベリアルに尋ねた。
「ベリアル、ベルゼブブの素顔はそんなに怖いのかい?」
「怖いも何も、耐性ない人が見たら卒倒!
そうじゃなくても顔真っ赤で争いどころじゃなくなるの!
ある意味兵器だよ!」
「あの、1つ疑問なんですけど……」
「ん?何?エリエリ」
「あなた達のローブフードってどうなってるんですか?
強風でも全く外れないから、ベルゼブブの素顔見たのは今回が初めてで……」
エリスが遠慮がちに興奮しているベリアルに声をかける。
ベリアルは赤紫いろの目を見開いて、口元に手を当てた。
「初見で倒れなかったの!?ある意味エリエリもバケモノだわ……」
「え?」
「い、いや〜ひとり言ひとり言!!気にしないで!!
それでね、アタシ達のローブフードなんだけど、特殊な素材で作られてるのよね。
だから、自分で外すか他の悪魔から外されない限り素顔が見えることはないのよ」
「そうなんですね」
「そうなの!しかもローブフード作れるのも1人しか居ないからね。
ソイツ、手先はめちゃくちゃ器用なのに面倒くさがりでさ〜。だから、ボスが帰ってくるの、時間かかると思うよ」
「わかりました。
すみませんが、ベルゼブブが帰ってくるまで滞在してもらっても良いですか?」
エリスに尋ねられたジョルジュはすぐに首を縦に振った。
「もちろん。
その間、大変かもしれないけどね」
「今度頼まれても断ります」
少し呆れたように言ったジョルジュを見て、エリスは実戦の依頼のことだと察して、キッパリと答える。
ジョルジュは少しだけ口元を緩めてから、少し声を落として話を続けた。
「テオドール……。
その、父が話があるみたいなんだ。オレールに案内させるから、訪ねてもらえるかい?」
「話、ですか?」
エリスが眉をひそめながら答える。
エリスからすれば、ラングは私欲のために平穏を奪った張本人。
昨日、ジョルジュから簡単に今の状況を聞いていたが、落ち着いていると言われても会う気になれなかった。
「うん。短時間で終わるって言ってたよ。
君を追い詰めるような内容ではないと思うんだけど」
エリスは答えられなかった。
少し俯いて、テーブルをジッと見つめている。
「無理に、とは言わないけど。私はできれば聞いてもらいたいんだ」
「…………」
「じゃあさ、アタシがついていこっか?」
「……え?」
「ベリアルが?」
2人から視線を向けられたベリアルは恥ずかしそうに目を泳がせる。
「うん。姿消してついていくから門番にはバレないしさ。
それに、もしオーサマが何かしようとしても姿を現して止めることはできるし」
「行けそうかい?テオドール」
「……話を聞いてみようと思います。
ベリアルさん、よろしくお願いします」
「了解っ!もし顔色悪くなったら途中でも連れて帰るからね!」
ようやく顔を上げたエリスを見て、ジョルジュはホッとしたように息を吐いた。
ラングは城の地下牢に幽閉されていた。
オレールが鉄門を開け、重々しい音が響く。
「では、自分はここまでと言われております!万が一何かありましたらお知らせください!」
「わかりました」
「大袈裟かもしれませんが、ご武運を!」
オレールのよく通る声を背中に受けながら、エリスは進んだ。
中にはいくつもの鉄格子が組まれており、ラングは1番奥に入れられていた。
エリスはソっと前に立つと、顔を上げてラングを見る。
彼もエリスに気づいて、腰を上げた。
「お久しぶりです」
「訪ねてもらえて感謝する」
初手から感謝を述べたラングにエリスは目を見開いた。
それを見たラングは僅かに口元を緩める。
「ワシが感謝を述べたことに驚いたか?
感情に乗せられていなければ常識は持ち合わせているのだ」
ラングの声に威圧感はなく、どこか疲れ切ったような落ち着いたものだった。
それから息を吐くと、スッと顔を引き締めた。
「直入に言おう。
謝って済む話ではないことは重々承知している。
しかし、ワシは自身に潜む欲に勝てず、こうなるまで過ちに気づけなかった。
……本当に申し訳ないことをした、テオドール」
言い終わると、ラングは深々と頭を下げた。
エリスは何も言えないまま彼を眺めている。
そのまましばらく時間が過ぎた。
エリスは表情を崩さないまま、静かに口を開く。
「……頭を上げてください、ラング王」
エリスの静かな声にラングは僅かに頭を上げる。
ジョルジュ達と同じ水色の目は驚きで見開かれていた。
エリスはそのまま話を続ける。
「確かに、あなたのしたことは許されることではないでしょう。
ですが、今こうして謝罪してくださいました。それで十分です」
「し、しかし……」
「私達の件はこれで終わりです。
あとは、この国のために罪を償ってください」
「……すまない……」
淡々と言うエリスに、ラングは再び謝罪の言葉を口にすることしかできなかった。
エリスは無言で眺めていたが、ゆっくりと口を開く。
「あの、もう退室してもよろしいですか?」
「ああ……。手間をかけた……」
「では、失礼します」
エリスは丁寧にお辞儀をすると、オレールの所へ戻った。




