第90録 ベルゼブブ、帰還
一方、エリスはアレキサンドルの城下町で騎士達と共に国民の支援にあたっていた。
幸い負傷者は出なかったが、深夜に叩き起こされ、避難させられた不安で体調不良を訴える人達が出ていたからだ。
エリスは支給してもらったベルト付きポーチに薬草や薬瓶を吊り下げて、声をかけて回っていた。
アレキサンドルの騎士や魔法使い達も同じようにしているが、エリスがテオドールだと知れ渡っているからか、彼女の周りに人が集まってゆく。
彼等は複雑な気分でエリスを眺めていた。
「彼女に人が集まるのはわかるが……」
「こうもあからさまだと落ち込むな……」
だが、彼等はエリスを責めるつもりなど全くなかった。
むしろ、国の為に動いてくれている彼女に感謝してもしきれないほどの思いを抱いていた。
その時、何の前触れもなく、エリスの側にいた女性が声も上げずに倒れた。
「大丈夫ですか!?」
慌ててエリスが駆け寄ると、女性は幸せそうな笑みを浮かべて頬を赤く染めている。
「カ、カッコいいっ……!」
「え?」
「目の保養っ……!」
「眩しいっ……!」
エリスが声を漏らしている間にも、老若男女問わず1人また1人と卒倒してゆく。
しかも彼等は皆頬を赤く染めていた。
「一過性?新しい病気かしら?
でも高熱ではないみたいだし……」
エリスはそう呟きながら彼等の様子を観察する。
しかし、何かの気配を感じ取って素早く入り口の方を向いた。
そこには、無地の黒い服を着た男が腰まである銀髪を揺らしながら堂々と歩いて来ているところだった。
その威圧にエリスは思わず身構える。
「敵!?……と思ったけど違うみたい。
でも初めて見るような気がしない……」
男はエリスの正面で立ち止まると、上から覗き込むように身を屈める。
その目は金色だった。
「よう」
「………………ベルゼブブ?」
「そうだよ。オレ様以外に誰だってんだ」
「全然雰囲気が違う……」
エリスは顔を赤くしながらも周囲の人のように卒倒しなかった。
それを見たベルゼブブは珍しくフッと笑う。
「フン、お前……持ってるよな」
「な、何を?」
「オレ様の素顔見て倒れねぇだけ満点ってことだ」
どこか満足そうに口角を上げるベルゼブブを、エリスは困惑しながら眺めていた。
「フードは……?」
「アモンとの戦いで破れた以外に何があるんだよ。フード破れただけだからな。ケガはしてねぇ。
あと、替えもってねぇからな。我慢しろよ」
「私は大丈夫みたいだけど……」
エリスは困惑したまま周囲を見回す。
見える範囲全ての人々が幸せそうな顔で倒れていた。
「この状況、どうしたらいいの?」
「放っておけば勝手に起きる。オレ様の素顔は魅了効果付いてんだよ。
とっとと城に戻るぞ」
「ま、待って!」
エリスはベルゼブブを呼び止めると、着ていたローブフードを脱いで彼に渡す。
「せめてこれを頭から被っておいて。
城の人達まで倒れたら大変だから」
「……気に食わねぇが、お前の言うことは間違ってねぇ。
王代理に倒れられても困るからな。
話できるヤツが居なくなる」
ベルゼブブはため息を吐きながら渋々被ると、無言で歩き出す。
エリスは人々の様子を心配そうに見ながら、彼の後を追った




