第89録 エベロス家、決着
一方、エベロス帝国。
城内にある広大な訓練場で、マティスとリーザは腰に剣を携えて向き合っていた。
マティスはリーザに目を向ける。
彼女は庶民風のドレスを身に纏い、肩まである紫髪を後ろでひとつ結びにしていた。
「そんな服を着てるなんて珍しいね」
「元から着ていた服では怪しまれますからねぇ。
最初はこの服が嫌でしたが、慣れてしまいましたわ!」
「そうなんだ……」
マティスは意外そうに呟いた。
そしてふくよかな体を揺らしながら、安心したように大きく息を吐く。
「でも、よかった。来てくれなかったらどうしようかと思ったよ」
「話ぐらい聞きますわ。ご丁寧に決闘状まで頂いたのですから!」
リーザは懐から1枚の紙を取り出す。
マティスがあらかじめ書いておいたものだった。
「決闘状なんて、よほど私に勝てるとお思いなのですね!」
「そりゃぁ、ワシ、エベロスだし。
ところで2個確認していい?」
「何ですの?」
「まず、リーザは正気?操られてない?」
「ええ!私は正気ですわ!
エベロス帝国はあなたみたいな方が治めるより、私が治めた方が回ります!」
「帝位を取り返すことが目的?」
「そうですわ!
ここへ来る途中に町の様子を見たのですが、皆能天気な顔してましたわね。これではいつ攻め落とされてもおかしくはありません」
「そう……。あ、2個目は目的を聞きたかっただけだから、ワシからの質問はおしまい」
マティスはのんびりと答えると剣に手を伸ばす。
するとリーザはそれを遮るように高らかに言った。
「その前に私から提案がありますわ!」
「提案?」
マティスが目を細めて手を止める。
「ええ。
もし、今ここで帝位を私に譲ってくださるのなら、
この勝負は――」
「何言ってんの?正々堂々戦うよ?」
遮ってまで言い放ったマティスにリーザは唖然とした。
てっきり二つ返事で条件をのむかと思っていたからだ。
「え……」
「決闘状出したんだし。それにワシが途中で投げ出すことが嫌いなの、
1番よく知ってるでしょ?」
「で、ですが、そうすれば誰も傷つかずに――」
「ワシ、すでに傷ついてるんだけど」
間髪入れずに答えるマティスにリーザは動けない。
「軟禁からとかれた後、すぐに帝位についたからね。慣れるまで疲れたよ。
で、リーザは?厳しく国を治めておいて、追い出されたら一方的に逆恨み?」
「……一方的な逆恨みなのは認めましょう。
ですが、エベロス帝国は過去にいくつもの敵国の猛攻を自慢の剣兵団で退けたと記録に残っています!
今回のモンスターによる襲撃の対応はどうでした!?上手く統率できましたの!?」
「上手くいったとは言えないかな。ケガ人こそいないみたいだけど、指示出すまで時間かかっちゃったし、そのせいで迎撃部隊も出すの遅れたし」
「そら、ご覧なさい!私ならすぐに行動に移しますわ!」
勝ち誇ったようにリーザはマティスを指さした。
しかしマティスは不満そうに口を曲げている。
「でもねぇ、部隊の人達の準備もあるし、迅速には対応するのは難しいと思うよ?」
「尻を叩いてやれば良いのですわ!もちろん急がせた分、報酬を増やします」
「うーん、前々から思ってたけど、お互いやり方が違うね」
マティスは諦めたようにため息をついて、再び柄に手をかけた。
リーザも同じ行動をとる。
「相手の剣を弾いたら、勝負あり、でいい?」
「構いませんが、随分生温いですわね」
「まだ改善の余地があるもの。それに、ワシらのどちらかがいなくなれば
レイン達が大変なことになる」
「…………甘い考えですわね。アレキサンドルは片親が居なくても立派に国を経営できています。
エベロスが弱小国家なんて思われたくありませんもの!」
言い終わる前に、リーザはマティスの懐に飛び込んだ。
マティスは素早く後退し、刃を防ぐ。
リーザは1度距離を取ると、再び剣を振りかぶった。
しかし、同じように受け止められる。
訓練場に金属音が絶え間なく響き渡った。
リーザが踏み込み、そのまましばらく鍔迫り合いが続いていたが、
彼女はあることに気づいて顔を引きつらせる。
「な、何故ここまで力が衰えていませんの!?2年も軟禁されていたのに!?」
「そりゃあ閉じ込められてる間も訓練欠かさなかったから。
食べるのも好きだからお腹出てるけど――力は衰えていないよ!」
リーザが一瞬怯んだ隙をついてマティスは勢いをつけて踏み出し、
彼女の剣を弾いた。
剣を弾かれたリーザはその場に座り込むと、諦めたように両手を大きく広げた。
「完敗です……。煮るなり焼くなり好きにしてくださいまし」
「じゃあ、ワシと同じようにしばらく部屋に閉じ込めるね」
「へ……?処刑ではありませんの?」
「ワシがそんなことするはずないじゃない。
確かにワシを閉じ込めてたのは罪だけど、処刑するまでのことじゃないよ」
リーザは唖然としてマティスを見つめている。
何か言おうとしているが、震えて言葉にならない。
マティスは剣を納めると、僅かに口元を緩めて言った。
「確かにワシらはやり方は違う。だけど、リーザはワシのできないことをバンバンやってたみたいだからさ。少し火力落としてやり方教えてよ」
「承知致しましたわ……。
今度、また私と決闘してください!次こそは勝ちますわ!」
「賭ける物何も無しでね。
今回みたいな決闘だったらワシ、拒否するから」
「当然、剣弾きのみの決闘ですわ!今度こそ——」
「はいはい。とりあえず皆に説明しに行こうねー」
マティスはリーザの手を取って立たせると、訓練場を後にした。




