第79録 お人好しの選択
「これぐらいで大丈夫かしら」
調合室。
エリスはいくつもの瓶に入った緑色の液体――ポーションを見ながら額の汗を拭った。
室内はエリスとベルゼブブの2人のみ。
城の魔法使い達は今日も不在だった。
「それに、作ったはいいけれど誰に渡したら……。
ジョルジュさんは多忙だし、やっぱりオレールさん?
あなたはどう思う?」
「なんでオレ様に聞くんだよ」
話を振られたベルゼブブは腕を組みながら呟く。
「門番も忙しいんじゃねえのか?
お前、監視がついてねぇんだからよ」
ベルゼブブの言う通りだった。
客とはいえ城の中だ。王族や要人に近づける以上、監視がついていてもおかしくはない。
「やっぱりそう思う?」
「それ以外にどう思うんだよ――ん?」
ベルゼブブはたたみかけようとして、眉をひそめると扉の方を睨む。
「どうしたの?」
「外にそこそこ魔力のある奴等がいるな。平均より少し上ぐらいか」
エリスは扉に近づいて耳をすますと、かすかに声が聞こえてくる。
何かを頼むような声とそれを押し止める声。
エリスが慎重に扉を少し開けると、廊下の様子が見えた。
色とりどりのローブを纏った魔法使い達と、それを必死に留めているオレールだ。
魔法使いの1人がエリスに気づいて声を上げる。
「あ!テオドールさん!」
「どうか私達のためにご教授いただけませんか!?」
「……へ?」
思いもよらない言葉にエリスは目を丸くする。
「ですから!テオドールさんはお客様です!
我々の為にポーションを作ってくださっているというのに、魔法まで教えを乞うなど!」
元気で張りのあるオレールの声が少し刺々しくなっていた。
「あの、これはいったい?」
エリスが戸惑いながら尋ねると、オレールが首を向ける。
「テオドールさん、申し訳ございません!
あなたが滞在しているという噂が広がってしまい、ぜひ魔法を教えてもらいたいと、皆が聞かず」
「えぇ……」
エリスは攻撃を嫌っている。
例え人に教えるためであるとはしても、そのために魔法を使いたくなかった。
しかし、魔法使い達の興奮ぶりを見ると、断るには骨を折りそうだった。
エリス達が困り果てていると、廊下の奥から鋭い怒声が飛んでくる。
「お前ら!!なかなか来ねぇと思ったらこんな所に居やがったのか!!」
魔法使い達の声が止んだ。
オレールが救世主をみるような目で歩いてくる人物を見る。
「グラド様!!」
「こんな所で道草食ってねぇでとっとと訓練場に戻れ!」
「しかし、テオドールですよ!こんな機会一生にあるかどうか――」
「うるせぇ!!テオドールも忙しいんだ!迷惑かけるんじゃねぇ!」
再び発せられたグラドの声に魔法使い達が震え上がった。
エリスの背後に居るベルゼブブがぽそりと呟く。
「お前はポーション作りに戻っていいんじゃねぇか?
そもそもこれも厚意だろ?」
「そう、だけど……」
「お人好しが。お前がビシッと言えばアイツ等は諦める」
エリスはベルゼブブの言葉を受け止めると、体を魔法使い達の方に向けた。
それから小さく息を吐くと、決意を固めた目で彼等を見る。
「1回だけです」
「え……」
「1回だけ実演します。それで良いですか?」
魔法使い達は信じられないというように顔を見合わせた後、廊下を震わせるような歓声を上げた。
「やったあぁ!!」
「ありがとうございますっ!!」
「テオドールさん!?本当に良いのですか!?」
オレールが鉄仮面を揺らしながら尋ねる。
「こうでもしないと引き下がってくれないような気がしたので」
「オレ様の話聞いてたか!?アイツ等だってそこまで非常識じゃねぇだろ」
すかさずベルゼブブが割って入った。
エリスは困り顔で話を続ける。
「でも、あんなに喜んでくれているのに無視はできないわ」
「おい、テオドール!お前、忙しいんだろ!
それにお前なんかに教えてもらわなくても、こいつらはそこそこできるんだよ!」
グラドも大きな足音を立てながら、エリスの近くまで来る。
先程より鋭さはなくなったものの、まだ怒りを含んでいた。
すると、今度は魔法使い達からブーイングが上がる。
「グラド様、テオドールさんに対して失礼ですよ!」
「そうですそうです!せっかく我々の要望に応えてくださったというのに、
そのご厚意を無駄にする気ですか!?」
「そもそもお前らが無理言ったんだろうが!
調子に乗るんじゃねぇ!」
グラドに言われて、魔法使い達が押し黙る。
その静寂を破るように、エリスが遠慮がちにグラドに声をかけた。
「あの、訓練場まで案内をお願いしても良いですか?
終わったらすぐに帰りますので」
「……守れよ」
グラドは大げさにため息をつくと、スタスタと歩いていってしまった。




