第77録 陽気すぎる門番
いつかのように、エリス達はホコリ1つない清潔な廊下を歩いていた。
しかし、エリスは落ち着かない様子でキョロキョロと首を動かしている。
以前訪れてから1ヶ月ほどしか経っていない。そのため変化がないのは当然だった。
それでも、エリスにとってはお城を訪れることなどほとんど無いに等しいため、どうしてもソワソワしてしまうのだった。
「テオドール、何か気になるかい?」
ジョルジュから穏やかに声をかけられて、エリスは肩をピクリと震わせる。
「い、いえ……。綺麗に掃除されているなと思いまして……」
「ありがとう。廊下は城の顔だからね。後で係の者を褒めておくよ」
エリスが依頼を引き受けてくれたことに安心したのか、ジョルジュは微笑む回数が増えていた。
やがて、十字路を横切り、2階の西側。廊下の最も端にあるドアの前でジョルジュは足を止めて、振り返る。
「さて、着いたよ。
以前、泊まってもらった部屋と同じだけどね」
「構いません。ありがとうございます」
「そういえば、今回は手ぶらなんだね?
てっきり荷物を持っているのかと思ったんだけど」
ジョルジュが空いているエリスの両手を見ながら呟いた。
「一時的に身を寄せている人の所に置いてきました。
お言葉に甘えさせてもらって」
「…………王代理であるお前が直々に客を案内して大丈夫なのか?」
ずっと口を閉ざしていたベルゼブブが不機嫌そうに尋ねる。
ジョルジュは一瞬目を見開いて、気まずそうに言った。
「本当は大丈夫じゃないんだ……。やることは山のようにあるからね」
「なら――」
「でもテオドールは大事なお客さんだ。それにグラドとすれ違っても困るからね。今回は顔を合わせずに済んだけど」
多忙でありながら、自分達の案内を買ってでたジョルジュに、エリス達はそれ以上尋ねようとは思えなかった。
2人が口を閉ざしたのを見て、ジョルジュは少し早口に言う。
「さて、申し訳ないけれど、テオドール達には出番が来るまで待機してもらうね。食事はこちらで用意するから心配しないで」
「あ、ありがとうございます……」
「急に早口になったな……」
「うん……指摘されて改めてそうだと気づいてね。
城の一角に調合室があるんだ。後で門番に案内させるから、自由に使ってもらっていいよ」
「ありがとうございます!」
初めてエリスのオレンジ色の目が輝いた。
元々、薬を自作して売り歩いていた彼女はこういうことには目がない。
ロイトの所に滞在していた時も、常に目が輝きっぱなしだった。
「興味を引いたようでよかった。
じゃあ私はこれで」
ジョルジュは軽く手を振るとバタバタと去って行った。
ベルゼブブは後ろ姿を見ながら小さくため息を吐く。
「まだまだ未熟だな……」
「彼なりに頑張っていると思う。
……それにしても、門番さんまだかしら」
「お前なぁ。さっき話したばかりなんだから、そんなに早く来るわけねぇだろ。
ったく、薬関わると目輝くのどうにかしろよ」
「それは難しいわ……」
エリスがソワソワしながらドアの前を行き来していると、
向こうから鎧をガシャガシャといわせながら、門番が早足でやってくる。
彼はエリス達の前で立ち止まると敬礼した。
「大変お待たせ致しました!
自分、案内を務めさせていただくオレールと申します!
以後、お見知りおきを!」
鉄仮面を被っていながらも、廊下に響き渡るような大声で挨拶した彼をエリス達はキョトンと眺める。
エリスはその顔のままおずおずと口を開いた。
「エリス・テオドールです……。改めて、よろしくお願いしますね」
「自分のことを覚えていてくださったのですか!?感激です!」
興奮気味にエリスと距離を詰めるオレールを見て、ベルゼブブは眉間にシワを寄せた。
「そりゃそんだけテンション高かったら嫌でも覚えるだろうがよ……」
「えっと、オレールさんはさっき私を王の部屋まで案内してくださいましたよね?それに、ずいぶん前にここをお訪ねした時も……」
「はい!自分が務めさせていただきました!
おっと、話を弾ませている場合ではありませんでした。
王から調合室への案内をするようにと仰せつかっております!」
「よろしくお願いします!」
再びエリスが目を輝かせているのを見て、ベルゼブブは肩をすくめた。
オレールは十字路を左に進みながら、しっかりとした足取りでエリス達を先導する。
「調合室は1階の北側にあります!そこの階段を降りて、まっすぐ進んだ大扉の先です!」
「1階の北側……」
「はい!専用のお部屋ですので広いですよ!」
「楽しみです!」
会話が弾んでいるエリス達を、ベルゼブブは不機嫌な顔で背後から追っていた。
ベルゼブブはジョルジュ達――アレキサンドルを完全に信用してはいなかった。敵意がないと判断して大人しくしているだけだ。
敵対していた頃より口を開くようにはなったが、いつ気が変わるかわからないと警戒心を緩めてはいない。
さらに、エリスと不必要に距離を詰めているオレールに無自覚に嫉妬していた。
「さぁ、着きましたよ!」
オレールが素早く大扉を開け放った。
正面――北側の壁の高い位置に採光用の窓が取り付けられており、それ以外の壁は天井まで木製の棚が造り付けられていた。
中央には黒い巨大な作業テーブルがあり、調合配分が書かれた紙や器具が置かれている。
エリスは思わず1歩進んで、息をするのも忘れて魅入った。
「すごい……」
30人同時に入っても余裕のある広さだった。
作業テーブルの左寄りにはすり鉢やすり棒がいくつも積み上げられており、
棚には薬草を中心に液体が入った瓶が所狭しと陳列されている。
当然ではあるが、ロイトの所とは桁違いだった。
一通り見て回り、少し落ち着きを取り戻したエリスは小さく首を傾げる。
「誰も居ないんですね」
「そうなんです!なにしろ、近々この国が襲撃されるかもしれないとの噂があり、魔法使い達は鍛錬に励んでいるのです。彼等は兼任しているものですから……」
「それは大変ですね」
エリスはそう言って少し考えてから、ふと顔を上げた。
「明日からで良ければ、ここをお借りしてポーションを作りましょうか?
材料は申し分ありませんので」
「よろしいのですか!?ぜひ!ぜひお願いしたいです!皆も喜びます!
城専属のヒーラー達だけでは、手が回らないかもしれませんので!」
「で、では王にそのようにお伝えいただけると……」
オレールの鉄仮面越しでも伝わってくる高揚感に、エリスは思わず身を引きながら答える。
ベルゼブブはすかさず2人の間に割って入ると、オレールを軽く睨んだ。
「先に伝えて来いよ。その間ここを見学してるからよ」
「承知致しました!!では行って参ります!」
オレールはベルゼブブに臆することなく敬礼すると、足早に去って行った。
彼の姿が見えなくなると、ベルゼブブは大きなため息をつく。
「はぁ。騒がしいな、アイツ……」
「ずっと黙っている人よりはいいと思うわ」
「それ、オレ様のこと言ってんのか?」
「違うけど……。さっきから何を怒っているの?」
エリスに指摘されたベルゼブブは、一瞬言葉を詰まらせた。
「怒ってねぇよ!気のせいだ気のせい!」
「そ、そう」
焦ったように言うベルゼブブを見て、エリスは不思議そうに首を傾げた。
夜。
食事をとったエリス達は、広すぎる客室で休憩していた。
エリスはカーテンをめくって、西側にはめ込まれた大きな1枚窓から外を見下ろしながら、小さく息をついた。
「今日は忙しかったわね」
「まぁな。
それよりお前、今回は即答だったじゃねぇか。いつも迷うくせによ」
冷やかすように言うベルゼブブに、エリスはカーテンから手を離すと彼に向き直る。
「断る理由がなかったもの」
「フン、一丁前に言いやがって」
「私は守る方が得意だから」
エリスのまっすぐな言葉を聞いたベルゼブブはふと真顔になると、そのまま話を続ける。
「……攻めは裏のお前に任せるってか?」
「そんな意味で言ってない。私は本当に守る方が好きだからそう言っただけよ」
エリスはムッとした顔でベルゼブブを見ると、ベッドルームの方へ歩いてゆく。
「もう寝るわね。相手がいつ動いてきてもおかしくないし、休める時に休んでおかないと」
「あっそう。なら、とっとと休めよ」
ベルゼブブの言葉が聞こえていたのかいないのか、エリスは1度も振り返らずにベッドルームのドアを閉めた。
ベルゼブブは大げさに肩を揺らすと呟く。
「そういや、アイツの入れ替わりのきっかけってよくわからねぇんだよな。
魔力切れになったら替わるとか、やめろよ……」




